浅平の恐怖
弾幕が展開されていく。銃声とともに、次々に弾がこちらへ向けて発射されている。
浅平はその一つ一つを、視認していた。手元に握っている杖を、クルリと回した。そして、その杖を、まるで小太刀のように握る。
あの時、伊東には転ばぬ先の杖だと言った。それそのものは、嘘ではない。だが、これは自分専用の特注の杖だ。このような鉄火場にまで持ち込めるように、当然それ相応のアレンジがしてある。
「…やれやれ。少しばかり、オイタが過ぎますな」
浅平がそう呟く頃には、すでに弾幕が眼前に迫っていた。当然、大人しく撃たれる気など毛頭ない。
浅平は迫りくる銃弾を、一つ一つを認識し、自分と伊東に向けられたものだけを、正確に杖で弾き落としていった。
「…は!?」
あまりの光景に、桂達は唖然としている。アサルトライフルでの弾幕を、何の変哲もない杖一本で、しかも最小限の動きで対処されている。
杖に弾かれた弾丸は、あらぬ方向へと飛んでいく。ものによっては勢いが完全に死に、地面に落とされるものもあった。
一発たりとも命中しない。弾切れするまで弾幕を展開しても、その場から移動すらされることなく攻略されてしまった。
しかも、その隙に伊東が物陰に隠れてしまった。
「な、な…!!」
「おや、おしまいですかな?自身ありげにアサルトライフルを持ち出した割に、銃弾の補充は考慮していなかったように見えますが」
狼狽する桂一派に、浅平は拍子抜けしたかのような表情を向ける。その足元には、無数の銃弾の残骸が落ちていた。
ーーー現実なのか。桂も伊東も、目の前に広がる光景を、受け入れることができていなかった。
「ば、かな…!?あんな、ジジイに…!?」
桂は他の組員達同様に、狼狽していた。伊東よりも年上に見える、しかも杖をついている老人が、複数のアサルトライフルの弾幕を捌き切ったからだ。
だが、伊東の反応は違う。浅平の対応力を見て、一筋の汗をかいていた。
「浅平、陽一郎…噂は本物、なのか…」
伊東には分かっていた。還暦を超して、ましてやさらにその上の年代まで裏社会を生き延びた者が、ただ者であるはずがない、と。
だが、浅平に限っては明らかに格が違う。若衆は知らないかもしれないが、浅平陽一郎という名前は、自分やもっと上の年代ならば、それだけで震え上がるものだ。
そんなものを目の当たりにして、伊東は畏敬と畏怖を抱いた視線を向けるのだった。
「…もう、警鐘は鳴らされません。あなたがたには、鳴らしても無意味なようですから」
浅平は杖をつきながら、桂達へとゆっくり近付く。まるで、抵抗は無意味であると言わんばかりに。
杖をつくコンコンという音が、室内に響く。先程、この部屋に向かう途中にもたてた音だ。だが、桂達にとっては処刑宣告にも等しい音であろう。
「…くっそ…!!ジジイ一人に、やられてたまるかってんだ!!複数人でかかれば対応しきれねぇはずだ!!」
歯ぎしりをしながら、桂を含めた複数の組員が、ドスや日本刀をもって、浅平に襲いかかる。
戦略としては間違ってはいないが、浅い考えだ。思わずため息が出てしまう。浅平はあえて、命中するギリギリまで、動かずにいた。
「もらったぁ!!」
各々の武器が、浅平に向けて突き出される。だが、その瞬間、浅平の姿は陽炎のように消え去っていた。
ーーーどこに行った。確かに直前まで、目の前にいたと言うのに。桂達は、周囲を見渡す。だが、どこにも見当たらない。
恐怖。先程まで自分達を圧倒していたあの老人が、どこに潜んでいるのか分からない。どこから狙ってくるのかも分からない。その事実が、桂達の精神を、確実に削っていた。
銃を持った組員達が、ちょっとした物音に過敏に反応し、あちこちに発砲している。だが、そこに敵の姿はなかった。
「ジジイッ!!出てきやがれ!!この、臆病者がぁぁぁッ!!」
桂は虚勢を張り、必死に叫んだ。
すると、杖をつくあの音が、聞こえてきた。
己の、背後から。桂は震えながら、ゆっくりと振り向いた。
「無様ですね」
ーーーそこには、冷徹な表情を浮かべた、老執事の皮を被った死神にしか見えない男が、立っていた。




