聞かれなかった警告
「何だと…桂、貴様…!」
「あんたはもう耄碌した、老害っスよ。ここで死んで、俺らが硬直した組織を若返らせてみせるっスよ!」
桂の一言で、伊東はようやく察したようだ。
手紙では止まらないこと。それはおろか、自分が直接言っても止まらないこと。挙句の果てに、自分を殺しにかかること。その全てを。
いかに伊東が裏の人間とはいえ、すでに年老いた還暦超えの老人だ。この人数の殺気立った若者を相手にするのは、無謀だと言える。
「…浅平さん」
「はい」
伊東がこちらへ視線を向ける。本来ならば、自組織内のゴタゴタに、外部の組織であるSIRENを、しかも自身より年上の者を巻き込みたくはないはずだ。
だが、もしこのまま戦えば、伊東に勝機はない。それは、伊東もよく分かっているはずだ。
「本来なら、あなたの手を煩わせることでも無いのですが…ここを任せても、構いませんか?」
「承知いたしました」
浅平が承諾の意志を示すと、伊東は安心したように桂へ背を向ける。それを見た桂は、醜悪に顔を歪めた。
「どこの馬の骨かも分からないジジイに助けを求めるなんて、あんたも堕ちたもんっスね!」
その隙を、見逃すはずがない。組員の一人が、背を向けた伊東に向けて、剣を振り上げた。
そのまま振り下ろせば、伊東の頭が二つに割れる。組員はその光景を確信し、渾身の力を込めて剣を振り下ろした。
ーーーだが、その剣が伊東の頭に達することはなかった。
「ごふぅっ…!?」
組員の顔が、大きく仰け反る。あまりの衝撃に、組員は剣から手を離してしまう。
剣が地面に落ちる。重厚感のある音が、室内に響き渡った。
何が起きた。その場にいた誰もが、伊東ですら理解できなかった。
ーーー否。一人だけ、事態を理解している者がいた。
「背後からの不意打ちなど、随分と卑怯な手を使われる。…まぁ、予測しやすい動きで、助かりましたがね」
浅平は穏やかな笑みを崩さないまま、桂達の方を見ていた。杖をついて桂達の方へ近寄ると、剣の近くにある黒い塊を拾った。
ーーーそれは、マウスだった。だが、一体何があったのかと思われるほどに、酷くひしゃげている。
「伊東様、申し訳ございません。咄嗟のことでしたので、マウスを一つお釈迦にしてしまいました」
「…そのくらい、構いません。助かりました」
そのマウスを伊東に見せながら、浅平は謝罪する。だが、その光景に、桂は動揺を隠せなかった。
「まさか…マウスの投擲で…!?」
あり得ない。マウスはそれほど硬い素材でもないし、重量もない。そんなものに、大の男を仰け反らせるような破壊力など、あるはずがない。
あるとするならば、猛烈な速さで投げつけることくらいだ。だが、伊東よりも年上に見える老人に、そんな力を出せるはずがない。
「ぐ、く…!!ジ、ジジイ…!!」
「さて、組織の皆様。このお手紙に、見覚えはありますかな?」
浅平はそう言いながら、怯む組員を見つめつつ、懐から黒い封筒を取り出す。SIRENではお馴染みの、警告の封筒だ。当然、桂達の組織にもすでに二度出している。
「…SIREN、だったか?まさかあんた、そんな綺麗事言ってる組織に、本気で乗っかってるって言うんスか?」
「乗っかってるも何も、私はそこから来ましたからね」
「ふざけるな!!」
そう言うと、複数の組員が桂の背後から銃を構える。見たところ、連射型のアサルトライフルだ。
弾幕でも浴びせるつもりだろうか。一人であれば回避するが、今回は後ろに伊東がいる。浅平は静かに息を吐いた。
「…すでに二度も警鐘は鳴らされましたし、先程も鳴りました。ですが、それでも聞かなかったのはあなた達です。それゆえ…」
「綺麗事をほざくな!!耳が腐る!!」
浅平が言い終わらないうちに、組員達は引き金を引いてしまった。




