浅平の帰投
「…完了しましたよ、真凛」
「お疲れ様でした」
運転中の車の中で、浅平は波多野に完了報告の電話をかける。
後始末を伊東に任せ、すでに浅平は廃ビルを後にしていた。桂に与した者は漏れなく破壊し、警鐘を無視した代償を、身体で払ってもらうことになった。
「後の話は、伊東様の方で責任持って解決される、とのことでした」
「そこまで言質もらえたなら、十分ですね。監視は続ける必要がありますが、きっとやってくれるはずです」
「えぇ。彼は信用に値しますよ」
伊東の言っていた言葉も、波多野に共有する。その言葉に、電話の向こうの波多野も、安堵したような反応を見せた。
だが、そう言った時の伊東の様子は、あまりの苛烈さと実力差に、若干怯えていたようにも思える。自分はただの老兵に過ぎないと言うのに、不思議なものだ。
「しかし私も年を取りました。若い頃のように、体が動きませんし、力も入らなくなってきましたな」
「…それ、浅平さんが言います?」
「ん?」
「普通に現役バリバリで、月乃や朴本さんとも普通に前線張れるのに」
自分としては、事実を呟いただけだ。実際、若い頃と比べて、衰えを感じる部分があることは否めない。
だが、波多野は電話の向こうで、困ったような反応を見せた。
総合力で月乃達と互角にやり合うことはできるかもしれない。だがそれは、経験値故の部分もかなり大きいと思っている。確かにそこは、長く生きてきたからこそ得られたものなのかもしれない。
だが、老人ゆえに譲れない部分もあった。
「まぁ、仮にそうだったとしても…私は前時代の老兵です。助言もお手伝いも行いますが…私の役割は、遠からず月乃に置き換わりますからな」
「それも、分かっていますよ…浅平さん」
「とはいえ、微力ながらこの浅平陽一郎、これからもSIRENに力をお貸ししますよ」
「…浅平さんの場合は、微力ってレベルでは済まないんですけど…助かります」
浅平の表情は、穏やかなものだった。
自分は確かに、若い頃から裏社会に身を置いている。それゆえ、最も強い時期も当然あったし、今は明確にそこから衰えている。だからこそ、次の世代が育っていくことが必要なのだ。
少なくとも、自分が現在目をかけて育てている月乃については、情報屋とのやりとり等も含めて、自分の後継者として今後も育成していくつもりだ。
「…真凛は…朴本が面倒を見てくれてますから、私が口を挟む必要はありませんな」
「それ、月乃からも言われたんですけど…そんなに、私に対する態度だけ違うんです?」
「違いますな」
朴本と波多野は、自分が彼らと、SIRENと出会うより前から長い付き合いがあると聞いている。自分と月乃も付き合いは決して短くはないのだが、彼らの場合はあまりに無遠慮な関係だ。
だが、彼らの過去に何があったのかまでは、浅平も詳しくは知らない。ゆえに、それ以上何も言うことはできなかった。
「さて、運転中に長時間電話してるのもあまりよくはありませんのでな、そろそろ失礼しますよ」
「えぇ。お気を付けてお帰りください」
「帰ったらまた、紅茶を淹れますので。ゆっくりティータイムとでもいきましょうか」
「ぜひ、お願いします」
それだけ言うと、波多野との通話は切れた。
浅平は少しの間、通話の切れた携帯の画面を見つめた後、携帯を懐へとしまい込んだ。
「さて、と…」
車のアクセルをより踏み込み、車を加速させて、帰路へと急ぐのだった。




