『災害』の到来
「送迎、ありがとうございます。事が済んだら、また連絡しますので」
運転してきた黒塗りの車から、月乃は降りた。執事服を着ている運転手に礼を言い、頭を下げた。
車の外から顔は見えないが、運転手も軽く会釈をすると、そのまま車を走らせ、どこかへと走り去っていった。
「…さて」
改めて、組織本部に向き直る。青少年達を暴力で服従させ、彼らに犯罪を強要する組織。
そんな行為で得られた金を使い、建てられた本部。外見こそそれなりに立派な屋敷だ。だが、月乃にはそれが、中身のない空虚なものに見えて仕方がなかった。
月乃はゆっくりと歩みを進めた。
少し歩くと、立派な門が見えてきた。その門も、実用性や守りやすさよりも、見栄と虚飾を意識しているらしく、派手な装飾が悪目立ちしている。屋敷そのものが比較的落ち着いた雰囲気なのに、噛み合っていない。
「待て。テメェ何者だ」
すると、門の側面に立っていた男二人から止められる。
ここの守衛か。月乃は男達を冷たい目で見つめながら、ポケットから封筒を取り出す。
漆黒の封筒。しかし、その紙面には、赤い警告灯の中に開眼した一つ目を組み合わせた、SIRENのエンブレムが刻まれている。
彼らが二度に渡って受け取ったはずの手紙だった。
「この手紙、見覚えがありますよね?」
だからこそ、言い逃れなど許すつもりはない。たとえ組織の末端であったとしても、無関係だ。
だが、守衛はその手紙を見ると、盛大に吹き出し、腹を抱えて笑い始めた。
「は!?オイオイ、あれ子供のおままごとじゃなかったのか!?」
「警告とか言って、俺らがガキ使ってることに文句つけてきたやつだろ!あんな楽して金稼げる手段を、やめるわけがないってのによ!あー、バッカみてぇ!!」
守衛の男達は、明確に手紙を認識した上で笑っている。月乃はため息をつきながら、手紙をポケットに戻した。
だが、最後の確認をしなければならない。月乃はゆっくりと口を開いた。
「…それは、あなた方だけの考えですか?」
笑い続けている守衛達へ、静かに問いかけた。だが、守衛はなおも笑いながら、しかも月乃を煽るように口を尖らせてきた。
「いいですかぁ?俺らはガキの正義ごっこに付き合ってる暇はないんですぅ。分かりますかぁ?」
「怒られたくなきゃ、とっとと帰ってミルクでも飲んでな、チビガキ」
心底、こちらをバカにしてることだけは伝わった。そして、少なくとも彼らは本心から思っていることも分かった。
彼らの考え方次第では、事情を話し、普通に入ろうかとも思ったが、気が変わった。
「…知っていますか?災害の時に鳴らされる警鐘は、『危険だ』と通達するだけで、こちらに行動を強制するものではないんですよ」
「は?何だよいきなり」
突拍子もないことを言い出したからか、守衛は戸惑っている。しかし、月乃の言葉は止まらない。
「私達が鳴らした警鐘を聞くかどうかは、あなた方の自由意志であるということです」
「ぷはっ!じゃあ問題ねぇな!やっぱりおままごとだったんだな!!ガキらしくママのミルクでも飲んでな!!」
守衛の男の片割れが、月乃の頭に手を置こうとしてきた。
ーーーだが、その手が月乃の頭に触れることはなかった。
「…え…?」
「警鐘を聞かなかったら、命に関わる災害に巻き込まれる。たったそれだけのことが分からないようですね」
月乃の打ち上げた拳が、守衛の腕を打ち抜いている。守衛の腕の骨が折れ、あらぬ方向へと曲がっていた。
ーーーあまりに、刹那的。何が起きたかすらも、理解できないほどに一瞬だった。守衛の男は、その瞬間だけは呆然としていた。
「ぎっ…がぁぁぁぁっ!?」
だが、痛みが遅れてやってきたようだ。完全に腕が折れてしまったのだから、痛いに決まっている。
男は折れた腕を押さえながら、その場でしゃがんで悶えている。だが、それで許してやるつもりもない。
「うるさいです」
「ごっ…!?」
月乃は屈んだ守衛の鼻を、膝蹴りで蹴り砕く。男の体が、打ち上げられたように仰け反った。
鼻血が撒き散らされ、守衛の片割れがその場で仰向けに倒れてしまう。顔を見ると、鼻が折れただけでは済まず、明らかに顔面の中心部が陥没している。
「な、なっ…!?」
もう一人の守衛は、怯えてしまっていた。
相手は普通の成人女性よりも明らかに小柄な女、しかもメイド服姿の女だ。にも関わらず、自身の仲間の腕を折り、鼻を折るに留まらず顔面を陥没させた。
しかし、月乃は行動をやめる気はないらしい。ゆっくりと、もう一人の守衛へと近付いてくる。
ーーー次は、自分の番だ。
守衛は直感的にそう感じ取り、逃げようとする。しかし、足がすくんで動かなかった。
「あなたの体で、扉をこじ開けさせてもらいます」
「え…?」
月乃は至近距離にまで近づいた。静かに、しかし艷やかに守衛の耳元で囁く。そしてーーー
凄まじい衝撃とともに、守衛は屋敷の内部にまで殴り飛ばされてしまった。




