親組織の視察同行
二週間後。とある町にある一棟の廃ビル。そこの近くにあるパーキングエリアに、一台の黒塗りの車が止まった。
運転席のドアが開き、中から老齢で白髪の、杖をついた執事服の男、浅平陽一郎が出てきた。
「到着いたしましたぞ、伊東様」
浅平はそう言いながら、車の助手席のドアをゆっくりと開けた。その中には、浅平よりも少し若いくらいの年の、黒いスーツと白い髭が特徴の、頭髪が少し薄くなっている、伊東と呼ばれる男がいた。
「…わざわざ申し訳ありません。このような手間を、あなたにかけさせてしまうなど…」
「いえいえ。私はただの老人に過ぎませんから」
「裏社会でその年まで生き残れてるだけでも十分だと言うのに、あなたは…」
「さて、では行きましょうか」
ここには、世間話をしに来たわけではない。浅平は話を早々に中断させ、伊東と共に目的地の廃ビルへと歩き出した。
今回の伊東による二次団体組織本部の視察は、波多野からの提案もあり、完全に抜き打ちで行うことになっている。そのため、組織の組員達は誰一人として、今日伊東が来ることを知らない。
だが、その方が実態をより掴みやすくなる。その判断に、伊東も同意してくれたと聞いていた。
「隣町のライフラインを汚染し、水の中に麻薬成分を溶かすなど…裏社会である以上、綺麗事を言うつもりは微塵もないですが、さすがに汚いやり方にも程がある…」
「親組織の首領から直接警告されて、それでも止めないとなれば、私も容赦はしません。それでよいですな?」
歩きながら、改めて伊東の意志を確認する。ここを疎かにしてしまえば、波多野の作戦は全てパアだ。
「…構いません。ウチとしても、庇いきれない」
だが、その心配は杞憂に終わる。伊東はハッキリと、二次団体を見限ることを明言した。
ーーー言質は取れた。後は、伊東に現場の様子を見させるのみだ。
廃ビルの中に入ると、そこは薬物特有の甘い匂いが充満している。これ自体は、麻薬を扱う組織であれば珍しいことでもない。浅平も伊東も、平然としたまま奥へと進む。
伊東はまるで自宅にでも来たかのような迷いのなさで、二次団体組織本部を歩いていく。どうやら、彼の中にハッキリと確認したい場所があるらしい。
浅平は、その後を静かについて行った。
浅平の杖が地面を軽く叩く音が、コンクリートの壁にコンコンと響く。その音は、伊東の足音よりもどこか大きく響いている気がする。
「…それにしても、浅平さん」
「はい?」
「見たところ、足取りがしっかりしているようですが…なぜ、杖を?」
歩きながら、伊東が静かに尋ねてくる。浅平は自身の杖を一瞥すると、穏やかに微笑んだ。
「なに…私ももう年ですからな。今は問題ありませんが…万が一がありますのでね。転ばぬ先の杖、と言うやつです」
「…そう、ですか…」
伊東は訝しげにしていたが、特に追及してくることはなかった。
浅平の年ならば、朴本くらいの年の息子がいてもおかしくないし、何なら介護を受けていても違和感がないくらいだ。それゆえ、不測の事態に備えるのは当然のことであろう。
「さて…浅平さん。ここからは少し、手荒にいきますので」
「どうぞ。私はあくまで、伊東様の視察の付き添いに過ぎませんので」
目的の部屋の前に到着すると、伊東はこちらを確認してくる。それに対し、浅平は穏やかな笑みを浮かべたまま答えた。
これはあくまで、親組織の首領、伊東による二次団体の視察。ならば、彼のやり方に口を挟む道理はない。
「…邪魔するぞ!!」
伊東は、その部屋の扉を殴り壊して開いた。




