最強の調査者・浅平陽一郎
今日も、SIRENの執務室では紙の擦れる音がする。首領である波多野真凛は、デスクの上に広げた資料を眺めながら、深々とため息をついた。
とある暴力団組織の二次団体が、麻薬の仕入れを行っている、という案件だ。それだけならば特に、SIRENとして介入する案件ではない。
だが、その麻薬を、明らかに異常な速度で表社会へと流通させている。資料によれば、とある町の水道水の中に麻薬成分を紛れ込ませて依存させたうえで、売り捌いているというのだ。
その組織自体は、町の外に本拠を構えており、その影響は受けていない。すなわち、外から町を薬漬けにし、自分達の懐を潤わせてる、ということなのだ。
一般人を脅して麻薬の売人を行わせる、というだけでも介入案件だというのに、町そのものを麻薬漬けにしてしまうとは。こんなやり方、聞いたことがなかった。
それにしても、毎度毎度、高い精度の調査を行えるのは尊敬に値する。SIRENの諜報活動を行っている者達は、極めて優秀なようだ。
諜報活動を行っている者は、月乃を含めて複数人いるのだが、その中の一人が今、波多野の眼前にいた。
「今回の監視対象は、一度目の警告を無視しています。二度目の警告は、すでに行っておりますが…少なくとも該当組織からの返事は、期待できませんね」
「ありがとうございます」
「なお、指示通り、二度目の警告のお手紙は、かの組織の後ろ盾…親玉にもお送りしております。近日中に届くかと思われます」
浅平陽一郎。SIRENの中でも最年長の、白髪と眼鏡を携えた、穏やかな老執事だ。
裏社会で長く生きてきたが故、昔からの人脈が強いのか、はたまた別の要因があるのかは分からない。だが、この浅平の人脈から繋がった情報屋から上がってくる情報も少なくない。
「いつも助かってますよ。これだけの綿密な調査を行えるのは、浅平さんのお力があってこそです」
「いえいえ。今回の情報の大半は、月乃がご自身で情報屋とやり取りをした結果です。私はその二人の間を取り持ったに過ぎません」
「それでも、十分すぎますよ」
浅平は謙遜しているが、波多野は本気で感謝を述べた。それと同時に、浅平へ畏敬の念を改めて覚えた。
殺しや犯罪が蔓延るこの裏社会で、長く生きることは困難だ。そんな裏社会に長年身を置きながら、朴本の倍以上の年齢まで生き延びているのは事実だ。
ーーーまさに、裏社会の生き字引と言っても過言ではない男だ。波多野は浅平を見て、そんなことを考えていた。
「これで、親玉達がどう出るかですな」
「調査資料を見てる限りだと、まともそうですが」
「さて、どうですかな…」
浅平は明らかに、含みのある言い方をしている。彼の中での経験則があるのかもしれない。
だが、波多野はあえてそれを聞かなかった。目の前の組織がどうしていくのか。ただそれを、月乃や浅平を通じて監視し続けるだけだ。
「それはそうと真凛、少しお休みしませんか?最高級のダージリンの茶葉が手に入りましたよ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、いただきますよ」
「少々お待ちください」
浅平はそれだけ言うと、執務室を後にした。
波多野は小さく笑いながら、資料を眺め続けるのだった。




