5. 夕食後の約束
やがて二人は、久しぶりの夕食をゆっくりと食べ終えた。
アルフォンスは病み上がりということもあり、用意された料理の量は普段より少なかった。それでも、途中で手を止めることなく、最後まできちんと食べ切っている。ヴィオラは何度か様子を窺っていたが、顔色が悪くなることもなく、苦しそうな様子も見られなかった。
食事をしながら交わしたのは、特別な話ではない。屋敷で起きた些細な出来事や、庭の花がもうすぐ見頃を迎えること、使用人の一人が最近新しい靴を買ったこと。どれも他愛のない話ばかりだったが、二人にとってはそれで十分だった。
最後の一口を飲み込んだアルフォンスは、空になった皿を見下ろしたあと、ゆっくりと身体を起こした。
「食べたものは片づけるよ」
「大丈夫なの?」
ヴィオラが心配そうに問いかけると、アルフォンスは小さく笑った。
「さすがに大丈夫だ。それに、リハビリ代わりにこれくらいはさせてほしい」
そう言うと、アルフォンスは食器を載せた盆へ手を伸ばし、ゆっくりと立ち上がった。
しかし、まだ完全に体力が戻ったわけではない。数歩進んだだけで足取りは覚束なくなり、どこか頼りない歩き方になる。
ヴィオラは何も言わず、その後ろをついていった。転びそうになればすぐ支えられるよう、少しだけ距離を詰めながら様子を見守る。
「ねぇ、仕事にはいつ戻るつもりでいるの?」
背後から尋ねると、アルフォンスは歩みを緩めた。
「医師曰く、いつものように動けるのは明日からだと言っていたけど……」
「公務に戻るのは……?」
ヴィオラの問いに、アルフォンスは少し悩むような顔をした。
「そうだな。いつから復帰するか、まだ伝えていないんだよね」
「それなら、あなた……復帰はもう少し延ばしてもらったら?」
ヴィオラは後ろを歩きながら、提案をする。
「それはどうして?」
アルフォンスは振り返らずに尋ねる。その足取りは先ほどより安定してきたものの、普段と比べれば、まだ随分と遅かった。
「私には見えるのよ。あなたが復帰した途端、遅れを取り戻そうとして無理をして、また倒れる姿が」
ヴィオラの声には、冗談らしい響きなど少しもなかった。今回のことで、アルフォンスが自分の限界を正しく判断できない人だと改めて思い知らされたばかりである。
「この機会に、仕事量や役割分担を考え直しましょう? 今までと同じ働き方に戻ったら、また同じことになるわ」
「大丈夫だって、ヴィオラ。さすがに前みたいな馬鹿なことはしない」
「前にも言ったわよね。役割分担をしましょうって」
ヴィオラは真剣な眼差しのまま続けた。
「仕事の量を調整しなきゃ、やっていられないわよ。全部一人で抱え込もうとするから、こういうことになるの」
アルフォンスは足を止めると、小さくため息をついた。
「……分かったよ」
観念したように肩を落とし、苦笑を浮かべる。
「とりあえずは、そうしよう。具体的な話は、このベッドから出られるようになってからにしないか?」
まだ病み上がりの今では、落ち着いて仕事の話をするのも難しい。それはヴィオラにも分かっていた。
「しょうがないわね」
ヴィオラは一つ頷く。
「分かったわ。じゃあ明日ね?」
「ああ」
アルフォンスも素直に頷いた。
その返事を聞いてようやく安心したヴィオラは、それ以上は何も言わなかった。
ゆっくりと階段を上っていくアルフォンスの背中を見守りながら、今度こそ無理をさせないようにしようと、改めて心に決めるのだった。




