4. 久しぶりに晩御飯を一緒に食べる二人
レイヴァン家では、朝食を夫婦で共にすることは珍しくなかった。
忙しい日であっても、朝だけは時間を合わせるようにしていたからだ。短い時間ではあるものの、その日の予定を確認し、何気ない会話を交わしてから互いの仕事へ向かう。それが結婚して以来、二人の日課になっていた。
反対に、夕食を一緒に囲む機会は滅多になかった。
それは夫婦仲が悪いからではない。
単純に、アルフォンスが忙しすぎたのである。
侯爵家の当主として領地を治めるだけでなく、王宮では議会にも出席しなければならない。仕事が長引けば帰宅は深夜になり、食事も執務室で簡単に済ませてしまうことが少なくなかった。
だからこそ、こうして療養のため屋敷で休むことになった今、久しぶりに夫婦で夕食を囲める機会が生まれたのである。
ヴィオラは昼から夕方にかけて、ずっと機嫌が良かった。
廊下を歩けば自然と鼻歌が漏れ、使用人たちから「今日は楽しそうですね」と微笑まれるほどだった。
「そうかしら?」
ヴィオラは少し首を傾げて笑う。
「久しぶりにアルフォンスと一緒に夕食が食べられるんですもの。嬉しくないはずがないでしょう?」
朝方に小競り合いをしていたのが、まるで嘘のようだった。
もちろん、すべてが元通りになったわけではない。まだ互いに言い足りないこともあれば、謝り足りないこともある。
それでも、一緒に食卓を囲めることが嬉しいという気持ちだけは、二人とも同じだった。
やがて窓の外が夕焼け色に染まり始める頃、夕食の時間がやって来た。
まだ本調子ではないアルフォンスを食堂まで歩かせるわけにはいかない。医師からも、無理な移動は避けるよう言われていた。
そのため、この日の夕食は寝室で取ることになった。
使用人たちが寝室へ小さな食卓を運び込み、その上へ温かな料理を一皿ずつ並べていく。病み上がりのアルフォンスには胃に優しい献立が、ヴィオラには普段と変わらぬ夕食が用意されていた。
アルフォンスは少しだけ言いにくそうに口を開いた。
「もしかして……嫌だったかい?」
ヴィオラはきょとんと目を丸くしたあと、小さく笑みを浮かべる。
「あら?私がいつ嫌なんてことを言ったかしら?」
その言葉に、アルフォンスは少しだけ肩の力を抜いた。
「いや……昼間のこともあったから、断られるかもしれないと思っていた」
「そんなことで断ったりしませんよ」
ヴィオラはそう言って首を横に振る。
「喧嘩をしたからといって、一緒にご飯を食べたくなくなるわけではありませんもの」
その一言を聞いたアルフォンスは、どこか安心したように穏やかな表情を浮かべた。
「それに、一時のことで私たちの関係が崩れてしまうわけがないでしょう」
ヴィオラはそう言って、目の前の彼をまっすぐに見つめた。
二人はこれまで、何の苦労もなく夫婦として過ごしてきたわけではない。
結婚したばかりの頃、アルフォンスは侯爵家を継いで間もなく、領地には先代から残された問題が山積みになっていた。収支の見直しに、老朽化した水路の修繕、王宮で新たに任された役目まで重なり、屋敷へ帰れない日も珍しくなかった。
ヴィオラもまた、侯爵夫人として慣れない仕事に追われていた。
領地の事情も、屋敷で働く使用人たちのことも分からないまま、晩餐会や親族との付き合いまで任される。何をするにも間違いがないか不安で、誰もいない部屋で一人、何度も手紙を書き直したこともあった。
それでも、二人は少しずつ夫婦になっていった。
上手くいかないことがあれば言い合いにもなったし、互いの考えが分からず、気まずいまま朝を迎えたこともある。
しかし、そのたびに話し合い、時にはどちらかが折れながら、ここまで一緒に過ごしてきたのである。




