1-30 劣化魔法使いの古代魔法
「せ、先生……」
突然現れたダリウスに、セシリアは動揺を隠せない。
そしてそれは当然、セシリアだけの話ではない。
サムを含む、周囲にいる者すべてが、ダリウスの突然の登場に動揺している。
「な、なぜお前がここに……!?」
「ん、俺がここにいたら何かまずいのか?」
「そ、それは……っ!」
ダリウスは辺りを見渡しながら呟く。
その視線の先には当然、敵国の旗を掲げる魔法兵士たちの姿がある。
「やっぱりお前がスパイだったんだな」
ダリウスの言葉に確信が含まれていることを悟ったサムは、観念したように肩を竦める。
「そ、そうだとしたらどうだと言うんですか? まさかこの人数差で勝機があるとでも?」
「さぁな」
ダリウスはそこでサムとの会話を一度切り上げると、セシリアの方へ振り返る。
しかし未だに動揺を隠しきれないセシリアのダリウスを見つめる視線は僅かに揺らいでいる。
「先生は、転移魔法を使ったんですよね……?」
セシリアが震える声で確かめる。
とはいえそれ以外の可能性など、セシリアの中にはもはや存在していなかった。
「でも転移魔法の魔法陣は、転移先の情報が魔法陣に組み込まれているんですよね……?」
「お、それはさすがに知っていたんだな」
セシリアの戸惑った口調とは裏腹に、どこか暢気な様子で答えるダリウス。
とはいえセシリアもつい最近、サムに教えてもらったばかりなのだが今はそんなことどうだっていいだろう。
もっと聞かなければいけないことが他にある。
「じゃあどうして先生は、ここに転移することが出来たんですか……!?」
セシリアにはそれが分からなかった。
さも当然のようにこの場に現れた時は、思わず息を呑んでしまったが、この場所へやって来るにはこの場所が転移先に指定された魔法陣を用意しなければいけない。
しかしそんなものが簡単に手に入るわけがなく、そもそもその転移魔法陣はサムが管理していたはずだ。
「…………え」
そこまで考えて、セシリアはようやく気付いた。
ダリウスが魔法陣らしきものを何一つとして持っていないということに。
「そ、それならどうやって……」
「おいおい、少し授業をサボったからってそんなことまで忘れちまったのか?」
呆然自失気味に呟くセシリアに、ダリウスは笑みを浮かべた。
「俺は劣化魔法使いだぜ?」
「————っ!!」
それはつまり目の前の男は古代魔法で、ここまで転移してきたということか。
そんなの普通に考えて信じられるはずがない。
しかしどうしてかセシリアは、そんなダリウスの言葉に期待せずにはいられなかった。
普通なら可能性すら否定するような話だが、ダリウスならば、古代魔法ならばと思ってしまっていた。
「《汝に加護を与えん》」
ダリウスはふとセシリアに手をかざすと、古代魔法を詠唱する。
その瞬間、セシリアの周りに薄い魔力の膜のようなものが現れる。
言うまでもなく、セシリアの身を守るための魔法なのだろう。
セシリアはその魔法の温かさに、僅かに目を細めた。
「少し刺激的な光景になるかもしれんが、それは勘弁してくれ」
どこか気まずげに呟くダリウスに、セシリアは首を傾げる。
しかし既に数人の生徒の命が失われていることを思い出し、すぐに真剣な表情で頷いた。
それを見届けたダリウスは、今度こそサムたちと対峙する。
端から見れば五十人以上の魔法兵士たちに一人の魔法学院の教師が立ち向かうなど、考えるまでもなく無謀だ。
それなのにどうしてだろう。
セシリアはこれから繰り広げられるだろう劣化魔法使いの無双劇を、確かに確信していた。
「随分と話していたようだけど、遺言でも残してきたのですか?」
「まさか。そもそも遺言を残すような相手もいねえよ」
「それは何とも可哀想なことですねぇ」
ダリウスがセシリアと話している内に余裕を取り戻したのか、サムが厭味ったらしく言ってくる。
「まあそれは置いといて、随分とうちの生徒を可愛がってくれたみたいだな」
「くっく。優秀な生徒たちを選んだつもりでしたが、その中でもセシリアさんは抜きんでて優秀でしたよ」
「そりゃどうも。あいつはあれでうちのクラスのエースなんでな」
「ほう。それは随分と高い評価なんですね」
ダリウスの言葉に意外そうに呟くサム。
だがこれは嘘でもなければダリウスの本心からの言葉だ。
「あいつは魔力量も多ければ、魔法のセンスもいい」
得意とする雷系統の現代魔法であれば、それこそそこらへんの魔法師では太刀打ちできないだろう。
専門にするまで、あと一歩というところか。
どちらにしろ魔法学院の高等部一年の段階でそこまで実力があるのはほとんどいないだろう。
「そして何より、魔法に対する姿勢が周りとは一線を画している」
セシリアの魔法に対する思いには尋常ではないものを感じる。
だからこその現在の実力だったり、魔法を軽んじるダリウスへの反抗なのだろう。
それは優秀な魔法師を志すものにとって、なくてはならないものだ。
「そんなあいつをこんなところで死なせていいわけがないんだよ」
これまで数多くの魔法師たちを見てきた。
その中でセシリアは、どの魔法師よりも魔法師に向いている。
少なくともダリウスはそう感じた。
「だから俺はここで容赦なくお前たちを――――殺してやるよ」
一体誰の生徒に手を出したのか、分からせなければならない。
そしてその罪を償わせなければいけない。
それに相手は敵国の魔法兵士。
何の遠慮も必要ない。
「ま、まさかたった一人で勝てるつもりでいるんですか? 感心を通り越してもはや滑稽ですね」
ダリウスの殺気に当てられたサムが一瞬たじろぐが、周りに控える魔法兵士たちを見て、すぐに平静を取り繕う。
しかし五十以上の魔法兵士を見ても、ダリウスの表情は崩れない。
「そんなにお仲間たちが心強いか? それなら、こんなのはどうだ?」
ダリウスは何かを思いついたような表情を浮かべ、呟いた。
「《爆ぜろ》」
その瞬間、サムの周りにいた魔法兵士たちの間で幾つもの爆発が起きた。
爆発に巻き込まれた魔法兵士たちは次々にその命を散らしていく。
その数秒後、ようやく爆発が落ち着いてきたころ、爆発に巻き込まれることなく五体満足でその場に立っていたのはサムだけだった。




