1-31 劣化魔法使いの無詠唱
「い、今のは一体……!?」
サムは周りの凄惨な状況に目を見開く。
そして現状を招いた張本人だろうダリウスに顔を向けるが、その視線には明らかな畏怖と焦りが含まれている。
「何だ? 自分たちが何をされたのかも分からないのか?」
「っ……!」
ダリウスの嘲笑とも取れる言葉にサムが顔を真っ赤に染める。
とはいえダリウスが一体何をしたのか分からないのも事実。
サムは無言のまま悔しそうにダリウスを強く睨みつける。
「ま、まさかお得意の古代魔法を使ったとでも言うんですか?」
「あぁ、その通りだが?」
「なっ……!?」
冗談を言うように呟いたサムだったが、ダリウスの言葉に驚愕を露にする。
「ば、馬鹿を言わないでください! 古代魔法は長い詠唱を介して初めて発動に成功する魔法なんですよ!?」
サムはダリウスの言葉に魔力が込められているのを察していた。
だがあんな出鱈目な詠唱があっていいはずがない。
「馬鹿を言ってるのはどっちだよ。古代魔法は確かに詠唱が必要だ。でも古代魔法はあくまでその発動に魔法陣を必要とせず、その代わりに詠唱が必要な魔法というだけで、誰も長い詠唱が必要なんて言ってないぜ?」
ダリウスの言葉に、しかしサムは納得することが出来ない。
「なっ、そんなの屁理屈でしょう!? 古代魔法の詠唱は長く、発動に時間がかかるのが常識です……!」
「それはお前の中の常識だろ?」
納得がいかないと叫ぶサムに、ダリウスは冷たい視線を向ける。
「お前の価値観を他人に押し付けてんじゃねえよ」
いつか教え子たちに言い放ったことと同じ言葉を告げる。
「こんな初歩的なこと、俺の生徒たちでも理解してるぞ?」
魔法師にとって自分の価値観を築き上げること。
それが何より、魔法師としての成長に繋がる。
そしてその価値観を他人に強要してはいけない。
「教師が聞いて呆れるな」
「なっ……!?」
その瞬間、ダリウスは自分の周りに魔法を発動させる。
火、水、土、風、氷、雷、光、そして闇。
その全てがダリウスを中心にするように空を浮いている。
しかしダリウスが一切の詠唱をしていないことは目の前にいたサムが一番よく分かっている。
だがそれはあり得ない。
現代魔法でさえ、魔法陣と魔法名の詠唱が必要なのだ。
それなのに今のが古代魔法だとすれば、一体どのタイミングで詠唱したのか全く分からない。
「俺の価値観の中では、こんなのは何でもない」
もはや何も言うことが出来ないサムに、ダリウスはそう言うと、魔法の発動を止める。
そして「ただ……」とダリウスは続ける。
「確かに世間一般ではお前の言う古代魔法が常識なんだろうな」
だからこそ劣化魔法などと罵られる。
どこか寂しそうな、らしくない表情を浮かべたかと思うと、ダリウスはすぐに真剣な面持ちでサムを見る。
「だから最後くらいは、お前の価値観を尊重してやるよ」
そう宣言したダリウスは静かに詠唱を始めた。
「《闇へ誘う混沌への扉》」
それは果たして世間が劣化魔法と称するような魔法なのか。
「《気の赴くままに、その全てを吸い込まん》」
それは果たして本当に現代魔法よりも劣っているのか。
「《さすれば汝の欲は満たされる》」
この光景を目にした誰もが言うだろう。
これは劣化魔法などではない。
現代魔法よりも劣ってなどいない、と。
サムがそれを理解したのは、あまりに遅すぎた。
「《我が眼前に顕現せよ――――――――断罪の渦》」
◇ ◇
「い、一体何が……っ!?」
ダリウスにかけられた加護の魔法のもと、セシリアは突如発生した衝撃に目を瞑る。
そして衝撃が収まった後にゆっくり目を開いた先の光景に、思わず息を呑んだ。
これまでダリウスと対峙していたサムを始めとする、既に事切れていた魔法兵士たちの亡骸さえもが一瞬にして消え去っていた。
目を瞑る前に微かに見えた黒い何かが関係しているのか、セシリアには分からない。
しかしこの状況を作り出したのがダリウスであるということだけは間違いなかった。
「待たせたな」
そう言いながら加護の魔法を解くダリウスは、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべている。
それが少し刺激的な光景を見せてしまったことに対するものなのか、そんなことセシリアにとってはどうでもよかった。
そんなことよりも今はもっと聞きたいことが山ほどある。
どんな古代魔法を使って、ここまでやって来たのか。
そもそもどうしてこの場所を知っていたのか。
どうやって魔法兵士たちをあんな一瞬で無力化したのか。
でも一番セシリアが聞きたいことはもっと別にある。
そのことに比べればダリウスが最後に使った古代魔法のことなんて、些細なことだ。
セシリアは別に、自分の価値観をダリウスに押し付けるつもりはない。
だとしてもダリウスが行ったことには明らかな矛盾がある。
「先生は、どうやって古代魔法を無詠唱で行使したんですか」
古代魔法。
現在では劣化魔法と称されるその魔法は現代魔法とは異なり、その発動に魔法陣を必要としない。
そしてその代わり、詠唱を必要とする。
これはセシリアにとっての古代魔法の常識ではない。
世界にとっての常識である。
何を隠そうダリウス自身も同じことを言っていた。
『馬鹿を言ってるのはどっちだよ。古代魔法は確かに詠唱が必要だ。でも古代魔法はあくまでその発動に魔法陣を必要とせず、その代わりに詠唱が必要な魔法というだけで、誰も長い詠唱が必要なんて言ってないぜ?』
それなのに、ダリウスは無詠唱で古代魔法を行使した。
ダリウスとて現代魔法が全く使えないということはないはずだ。
もしかしたらどこかに魔法陣を仕込んでいたのかもしれない。
そんな可能性も一度は考えたが、すぐに否定した。
何故ならダリウスは現代魔法に必要な魔法名の詠唱さえもしていないのだ。
「以前、模擬戦をした時にも同じようなことがありましたが、もしかしてそれも今回と同じで無詠唱で古代魔法を行使していたんですか?」
随分と前のことを掘り下げてくるセシリアに、ダリウスは諦めたようにため息を零す。
「あー……、じゃあ少したとえ話をしよう」
ダリウスの言葉に首を傾げるセシリアだったが、説明してくれるというのだから聞かないわけにはいかない。
「お前が何か秘密の話を誰かとするだろ? その時、お前はどうする?」
「……人がいない場所を選ぶ、とかですか?」
「悪い。そうじゃなくて、大勢の人が周りにいる時に秘密の話をするならどうする?」
セシリアの答えに、ダリウスが条件を付け足す。
その条件に合うように、セシリアはもう一度考える。
「……出来るだけ周りに聞こえないような小さい声で話します」
「ビンゴ!」
セシリアの答えに、興奮したように指を鳴らすダリウス。
しかしセシリアの疑問が解消されたわけではない。
今の話が今回のこととどう関係しているというのか。
そんなセシリアの疑問に答えるように、ダリウスが続ける。
「じゃあ今回みたいに魔法兵士が敵だったとする。その魔法兵士は防御魔法が得意です。こちらの攻撃に合わせて適当な属性の防御魔法を使ってきます。そんな時セシリアならどうする?」
やや長めの問題文に、セシリアは僅かに眉を顰める。
「……相手の防御魔法を上回る攻撃魔法を放つ、もしくは相手の意表を突くような攻撃をします」
しばしの逡巡の末、自分の答えを導きだしたセシリア。
だがダリウスが満足する答えではなかったらしく、どこか難しい表情を浮かべている。
「確かにその方法も間違いではない。特に相手の意表を突けるような何かがある時には存分に使ってやるべきだ。でも今回に関してはもっと簡単な方法がある」
固唾を飲んで答えを待つセシリアに、ダリウスはニヤリと口の端を釣り上げる。
「自分がどんな魔法を使うのか、分からなくすればいいんだよ」




