1-29 現代魔法使いの恐怖
「なっ!? 魔法だと!?」
魔法兵たちは使えないはずの魔法が使われ、自分たちに向けられたことに焦る。
しかしさすが魔法兵と言うべきか、瞬時に状況を判断し、防御魔法を展開する。
時間にして数秒稼げるかどうかといったところだろうか。
だがセシリアにはそれだけで十分だった。
「今のうちに逃げて――ッ!」
セシリアの言葉に、他の生徒たちが駆け出す。
どちらにせよ自分たちには魔法書がない時点で戦う術がないことを理解しているからの判断だった。
セシリアにとってもそれはありがたい。
自分が相手の意表を突いた甲斐があるというものだ。
さすがサムに優秀だと称されるだけはあるのだろう。
「…………」
セシリアは土煙がたちこめる方をジッと見つめる。
その瞳に逃亡の二文字はない。
自分がここで何をするべきか、分かっているからだ。
「私が、時間を稼ぐ……ッ!」
セシリアはそう言うと、再び古代魔法を詠唱し始める。
他の生徒たちが逃げる時間を少しでも長く稼ぐために。
「そういえば劣化魔法の授業を受けていたんでしたっけ。すっかり忘れていました」
防御魔法を展開しながらセシリアに語り掛けてくるサム。
その技量が恐るべきほどに高いことは、嫌でもセシリアには分かった。
さすがスパイとはいえ魔法学院の教師を務めるだけある。
「でも良いんですか? セシリアくん一人の方が、逃げられる可能性があったのに。まさかここから逆転できるなんて思っていないよね?」
「……分かってます、そんなこと」
馬鹿にしたようなサムの言葉に、セシリアは拳を握り静かに呟く。
それは嘘でも何でもない。
古代魔法が使える自分なら、周りの生徒たちを囮にして上手く逃げられたかもしれないこと。
そしてここに残ってしまった時点で、セシリアの生存率がもはや限りなくゼロに等しいことも。
セシリアは全部、分かっていた。
それでいて、自分が時間稼ぎのために残った。
「それは随分と殊勝な自己犠牲精神だ」
「……そんなんじゃありません」
「ほう、それじゃあどういうつもりでここに残ったんだい?」
「それは――」
この場に残ったのは、ほとんどセシリアの意地のようなものだ。
まず第一に、一人の魔法を使う者として、まだ魔法が使えるのに相手に背を向けるという行為をセシリアはしたくなかった。
まだ負けていない。
そんな静かな闘志がセシリアを突き動かしていた。
そしてもう一つ、これは正直セシリア自身もどうかと思ってしまうような理由だが、自分の担任に対する細やかな反抗だ。
「どうせ私が死のうが死ぬまいが、あいつにとっては結局どうでもいいことなのよ」
そんなことと言われるような自分の安否など、気にしたところでどうしようもない。
だからこそ命を落としてしまうだろうこの状況に、少なからず冷静でいられるのかもしれない。
だがそこまで考えたセシリアは、まるで自分の担任を図らずも認めてしまっているような気がして微妙な気分になった。
セシリアの言葉に首を傾げるサムだったが、わざわざ詳しいことを聞こうとも思わなかったのか今度は攻撃魔法をセシリアに向けて発動する。
「っ……!」
どちらにせよ今からでは、発動に時間がかかる古代魔法では防御は間に合わない。
それなら身体を動かした方が良い。
瞬時にそう判断したセシリアはほぼ発動と同時に、地面を転がる。
間一髪、サムの攻撃魔法を避けることが出来たセシリアはその直後から再び古代魔法を詠唱し始める。
少しでも間を置いたら、防戦一方になる。
そうなればろくに時間稼ぎすら出来ないと冷静に判断したセシリアだったからこその攻撃だった。
しかし敵も優秀な魔法兵士。
セシリアの思うようにはさせまいと詠唱の途中で次々に攻撃魔法を放って来る。
それをセシリアは何とか躱し続ける。
魔法の火の粉がセシリアの頬に掠り、思わずその熱に顔を顰めてもセシリアは古代魔法の詠唱だけは止めない。
「全てを貫く氷の刃、我が怨敵の灯を凍らせたまえ!」
セシリアの使える最も攻撃力の高い古代魔法に、魔法兵士たちはそれぞれ防御魔法を展開する。
どちらにせよ魔法兵士の防御魔法を、一介の学生でしかないセシリアの攻撃魔法が貫通できないことは分かり切っている。
それでも攻撃魔法の雨が止んだ一瞬の隙に、セシリアは再び詠唱を始める。
「雷撃よ、数多の槍となりて降り注げ!」
その瞬間、先ほどと同じ雷撃が空から降り注ぐ。
しかしその威力が先ほどよりも幾分か低く見えるのは、疲労が溜まり、魔法を上手くイメージすることが出来なくなっている証拠だろう。
それでも尚、セシリアは攻撃の手を緩めない。
緩めたが最後、再び攻撃の手を許してくれるほどの相手ではないだろう。
何度も古代魔法を放ち続けるセシリアの表情は鬼気迫るものがあった。
しかしそれで実力の差が埋まるわけではない。
そしてついにセシリアの猛攻が止んだ。
セシリアの魔力が尽きたのだ。
「恐ろしいほどの魔力量ですねぇ、こういう優秀な人材は後々我が国の脅威になり得るので早めに摘み取ろうという上層部の決定も納得できます」
「っ……」
てっきり次の瞬間には魔法が飛んでくるかと身構えていたセシリアだったが、予想に反し、サムが余裕たっぷりの笑みを浮かべながら話しかけてくる。
その中で、サムがスパイをしていた理由を知ったセシリアは目を見開く。
サムの言うことは本当だとしたら、今後もこういったことが起こらないとは限らない。
もしかしたら既にサム以外のスパイだっているかもしれない。
どうにかそのことだけでも誰かに伝えられれば良かったのだが、既に周りにはセシリア以外の生徒の姿はなかった。
このことを伝えられないのは悔しいが、それでも時間稼ぎが出来たのは良かったと諦めるしかない。
「…………?」
すると生徒たちが走って逃げていった方から、何かが近づいてくる音が聞こえてくる。
一瞬、まさか生徒たちが無謀にも戻って来たのかと思い焦るセシリアだったが、それと似たような音をさっきも聞いたことを思い出すと、その表情は凍り付く。
「残念だったね、せっかくの時間稼ぎだったのに」
セシリアの視線の先には新たにやって来た二十人ほどの魔法兵がいた。
どこかに潜んで、不測の事態に備えていたのか。
そんなことセシリアにはどうでも良かった。
セシリアの意識はその魔法兵士たちが傍らに抱えるものに向けられていた。
その中で一人の魔法兵士がそれを地面に投げたのを皮切りに、他の魔法兵士たちも自らが抱えていたものを投げ捨てる。
それは紛れもなく、魔法学院の生徒たちだった。
「————っ」
セシリアが声にならない悲鳴をあげる。
さっきまでは確かに生きていたはずの彼らが、今ではピクリとも動かない。
もはや彼らの命の灯がこの場にはないことは誰が見ても明らかだった。
「さぁ、残りはセシリアくんだけだよ」
「……っ」
サムが余裕の笑みを浮かべながら近づくと同時に、セシリアが思わず後退る。
それはセシリアが初めて見せた、明確な恐怖だった。
間近で”死”というものを感じてしまったからこその反応。
一度、死への恐怖を自覚してしまったセシリアの身体は震えが止まらない。
そんなセシリアの反応に、一層恐怖を煽るような笑みを浮かべながら少しずつ近づいてくるサム。
セシリアも後退るが、後ろには生徒たちを殺した魔法兵士たちもいる。
絶体絶命。
この状況を説明するには、それだけで十分だった。
だからこそ、その変化にセシリアがいち早く気付いた。
「…………?」
すぐ近くで僅かに魔力の波動を感じたセシリアはサムの放った魔法かと思い、肩を揺らすが、すぐにそうでないと気付く。
しかし確かに感じる魔力の波動は、どうやらサムとの間で生まれているらしい。
「な、なんだこれは」
徐々に大きくなっていく魔力の波動に、サムが初めて反応を見せる。
その間にも大きくなり続ける魔力の波動に、セシリアは思わず目を瞑る。
「お前にしてはよく頑張った方だ」
暗闇の中で聞こえた声に、はっと目を開く。
確かに見覚えのある後ろ姿。
なんでここにいるの、という声は、こちらを振り返りながらの言葉に掻き消された。
「あとは俺に任せろ」
何の不安も感じさせないような無邪気な笑みを向けてきたのは、劣化魔法使い。
ダリウス、その人だった。




