1-28 現代魔法使いの劣化魔法
「——ッ! 魔法をすぐに消して!!」
いち早く状況を察し、冷静な判断を下したのは辛くも最年少のセシリアだった。
セシリアの声に皆が明らかに動揺した様子でそれぞれ魔法の発動を止める。
しかしそれが既に手遅れであるということは、誰の目から見ても明らかだった。
あっという間に距離を詰めてくる敵の軍に、セシリアたちはどうすることも出来ない。
気付いた時にはもう囲まれてしまっていた。
「え……、先生……?」
だがそんな絶望的な状況の中で、敵の軍の中に見知った顔があるのを生徒たちは見逃さなかった。
「サ、サム先生、何をしているんですか……?」
自分たちと一緒に転移したはずのサムが、敵と肩を並べているのだ。
状況を呑みこめない皆を代表して、一人の女子生徒が聞く。
「ふっふっふ、滑稽だねぇ。未だに自分たちが騙されていたことに気が付いていないなんて」
「っ……」
サムの嘲るような言葉に、皆が凍り付く。
その中で唯一、セシリアだけがサムを冷たく見つめていた。
「……スパイ、だったんですね」
「あぁ、そうだよ?」
「……っ!」
気持ちの悪い笑みを浮かべるサムに、セシリアはその拳を強く握る。
そしてその決定的な一言には、当然、周りの生徒たちにも大きく影響を与えた。
「そ、そんな……、サム先生がスパイだったなんて……」
「じ、じゃあ私たちにどうしてあんなに魔法を教えてくれていたんですか……!?」
これまでサムの訓練を受けてきた生徒たちには、サムがスパイだったということが信じられないらしい。
それも無理はないだろう。
セシリアだって出来ることなら信じたくない。
しかしこの現状とサムの表情を見れば、それが真実であることはもはや疑いようがない。
「どうせ皆には死んでもらうんだから、何を教えたって関係ないでしょ?」
「そ、そんな……っ」
サムの言葉に生徒たちが悲鳴にも近い声をあげる。
「…………」
しかしその中でセシリアだけが、どうにかこの状況を打開できないかとじっと機会を窺っていた。
だがそんなセシリアを目敏く見つけたサムが再び笑みを浮かべる。
「まさか逃げられると思っているのかな? 確かに普通の兵士ならば逃げられるかもしれないけど、残念。ここにいるのは皆、魔法兵だ」
「なっ……!?」
その言葉にセシリアだけでなく他の生徒たちも驚愕を隠せない。
魔法兵というのはその名の通り、魔法を使うことが出来る兵士なのだが、一般的に一人の魔法兵の実力は並の兵士十人相当と言われている。
それだけ魔法というのが脅威として認知されているということだ。
そしてその魔法兵が、見えるだけでもざっと五十人はいる。
対してこちらは魔法学院の生徒がせいぜい十人。
そこに勝機などなければ、逃げられる可能性があるのかさえ疑問だった。
「しかも君たちは今、魔法書を持っていない。その時点で君たちの負けは決まっている」
「————っ」
そこでセシリアはようやく自分が魔法書を持ってきていないことに気が付いた。
どうして今日に限って魔法書を置いてきてしまったのか。
いや、きっとそれさえもサムの策略だったのだろう。
『魔法師のくせして、そんな簡単に自分の魔法書を人に渡す奴があるか』
セシリアはダリウスから言われたそんな言葉を思い出す。
本当に、その通りだった。
どうして自分はもっと気を付けなかったのだろうか。
魔法書は魔法を発動する上で、必須な道具であるというのに。
魔法師が魔法書を失った時点で敗北であるということを、もっと十分に理解しておくべきだった。
今更過ぎる気付きに、セシリアは唇を噛んだ。
『おいセシリア。お前の考える魔法師としての敗北とはなんだ』
その時、セシリアの頭の中でダリウスの声が聞こえてくる。
でも、そんなの決まっている。
魔法書を失うことだ。
そういえば以前も同じような状況になった記憶がある。
あれは確かダリウスが初めて古代魔法の教師としての実力を見せてくれた日、自分と模擬戦をした日だ。
あの時、自分は何といったんだろう。
セシリアは記憶を記憶の糸を辿っていく。
もしセシリアの考えるように、魔法師としての敗北が「魔法書を失う」ことであるならば、そもそも魔法書を持っていないダリウスでは勝負にすらならない。
でもダリウスはあの時、模擬戦で確かにセシリアに勝利した。
それじゃあ魔法師としての敗北とは、一体何なのか。
どうして自分はダリウスに負けたのか。
「……思い出した」
あの時、ダリウスに負けたのは「古代魔法」を使うことが出来なかったからだ。
魔法書を必要としない古代魔法があれば、勝つことは出来なくても、少なくとも魔法書を奪われた時点で敗北が決まったりはしなかったはずだ。
それじゃあ今、自分は魔法書がないからという理由で敗北に身を委ねるのか。
それこそあり得ない。
自分はまだ戦える。
戦うための術がある。
劣化魔法————現代魔法と違い詠唱が必要で発動に時間がかかる魔法だ。
そしてそれは――
「…………きよ」
「ん、セシリアくん、どうしたんだい? 降伏する気にでもなったのかな? まあ降伏を受け入れる気なんてさらさらないんだけど」
セシリアの小さな呟きにサムが笑みを浮かべる。
しかし、セシリアには降伏する気などそもそも無かった。
「数多の槍となりて、降り注げ――――ッッ!!」
————その発動に魔法陣を必要としない魔法だ。
その瞬間、魔法兵に向かって幾つもの雷撃が降り注いだ。




