1-27 現代魔法使いの煙
「あれ、来た時とは違う魔法陣を使うんですか?」
「お、さすがセシリアくん、目敏いね」
それはセシリアにとって初めての訓練が終わり、これから再び学院へ戻ろうという時のこと。
サムが使おうとしていた転移魔法の魔法陣が、来た時とは違うことに気付いた。
まさかそのことに気付くとは思っていなかったらしいサムが素直に驚く。
周りの生徒たちもそんなことには全然気づいていなかったのか、サムの手に持つ魔法陣をまじまじと見ている。
だがやはりその違いは分からなかったのか、ほとんどが首を傾げている。
「転移魔法っていうのは、その魔法陣に転移先の情報とかが組み込まれているんだよ。だから一つの転移魔法の魔法陣で使えるのは、決められた場所だけの転移だけなんだ」
そう言ってサムは二つの転移魔法の魔法陣を両手に持つ。
確かに言われてみれば細かい部分が少しだけ違う。
サムの言葉にセシリアは頷く。
恐らくそれが転移魔法の欠点らしい欠点なのだろう。
もし一つの魔法陣だけで行きたい場所へ行けるのであれば、それこそ夢のような話だ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか――――テレポート」
サムが詠唱したと同時に、セシリアの視界がぶれる。
そして気付けば、再び学院に戻って来ていた。
一瞬で空間を移動したせいか、やはり多少の酔いはある。
セシリアだけでなく、他の生徒たちも同じなのかどこか気分の悪そうな表情を浮かべている。
唯一サムだけが特に何でもないという風にしているが、恐らく空間の転移に慣れているだけだろう。
「それじゃあ今日は解散!」
サムの言葉に、それぞれ挨拶をして教室を出て行く。
セシリアもそれに倣い教室を出ようとした時、サムに呼び止められる。
「今日のことは他の人たちには秘密ね。たくさん来られても困っちゃうから」
苦笑いを浮かべるサムにセシリアは頷くと、教室を出る。
確かにこの訓練のことが広がれば、生徒たちからは自分も受けたいという希望が殺到するだろう。
それはサムが優秀な現代魔法の使い手であるからだ。
だが正直セシリアは、この訓練にそれほどの魅力があるようには感じられなかった。
確かにあそこまでの土地で訓練することができるというのは、なかなか出来ないことだろう。
しかし言ってしまえばそれだけだ。
土地さえあれば、別にサムである必要がないのだ。
端的に言ってしまえば、成長が感じられない。
転移した先で、セシリアはただひたすらに現代魔法を撃ち続けていた。
そんな練習をあいつが見たらどう思うだろうか。
きっと「また効率の悪いことを」などと馬鹿にされてしまうだろう。
そしてそれ以上に「こうするんだよ」と、魔法の極意を教えてくれる気がする。
「っ……」
気付けばセシリアは、ダリウスの研究室の方へと向かっていた。
慌てて足を止めて、頭を振る。
「何を考えてるのよ。もうあんな奴とは関わらないって決めたじゃない」
どちらにしろ、こんな放課後に研究室へ行ったところで追い返されるだけだ。
そもそもそんな可能性を考えていることが無駄であることに、セシリアは気付かない。
結局セシリアはそのまま学院を出た。
◇ ◇
「実は今日は皆に使ってほしい魔法があるんだよ。全員同じやつなんだけど」
セシリアがサムのもとで現代魔法の練習をするようになってから数日、空き教室に集まった生徒たちにサムが言う。
これまでサムから新しい魔法陣を貰っている生徒たちは、今度はどんな魔法なのだろうかとその顔には期待が見える。
セシリアも興味がないと言えば嘘になる。
これまでの訓練でサムから貰った魔法陣は、どれもまだセシリアが知らないものばかりだった。
今回も恐らくセシリアの魔法書に描かれていない魔法陣なのだろう。
「だから今日はセシリアくんも魔法書は置いていって大丈夫だよ」
「……えっと」
サムの言葉に、セシリアに視線が集まる。
魔法書を手放すという行為に対してどうしても抵抗があるセシリアだったが、周りからの視線や、これまでの訓練でのことを思い出す。
別に、必要ないわよね。
しばしの逡巡の末、そう判断したセシリアはサムの言葉に従い、魔法書は置いていくことにした。
「それじゃあ皆、準備はできたかな?」
既に皆の手にはサムから受け取った魔法陣が描かれている紙が握られている。
最後にセシリアが受け取ると、サムはいつも通りに転移魔法を発動した。
「……あれ、サム先生は?」
その異変に誰かが初めに気付いた。
転移魔法が発動して、セシリアたちは確かにいつもの荒野へ転移していた。
しかし転移魔法を発動したはずのサムが、どこにもいない。
その意味の重大さが分からない魔法学院の生徒たちではない。
現段階で、セシリアたちがこの場所へやって来るには転移魔法が必要なわけで、つまりサムが必要なのだ。
そしてここにサムがいないということはつまり、学院へ帰る手段もないということである。
そもそもセシリアたちはこの荒野がどこにあるのか、それすらも知らない。
焦る生徒たちだが、すぐに自分の手に持つ魔法の存在を思い出す。
「も、もしかしてサム先生が言ってたのって、この状況を何とかするための魔法なのかな?」
「そ、そうじゃないとおかしいだろ」
誰かの呟きに、誰かが答える。
だがそれはその場にいる全ての生徒の総意でもあった。
「た、確かサム先生は魔力を込めるだけで魔法は発動するからって言ってたぞ」
皆がごくり、と唾を飲む。
そして示し合わせたように、セシリアを含む全員が魔法陣に魔力を込める。
そしてその瞬間、その魔法は発動した。
「————なんだこれ?」
その魔法が発動した時、誰もがそう思った。
魔法陣から色とりどりの煙がもくもくと空へ浮かび上がっていたのだ。
「こ、これがサム先生の言っていた魔法……?」
一瞬皆が魔法の発動に失敗したのだと思ったが、周りを見れば同じような魔法が発動している。
ということはこの魔法陣はこういう魔法なのだろう。
だがそれではサムがこの場にいないことの説明も出来ないし、現状を打破することも出来ない。
「ど、どうするの!?」
そこで初めて、皆が本格的に焦りを見せ始めた。
このままでは本当に学院へ戻ることが出来ない。
一体サムはどこへ行ってしまったのか。
その時ふとセシリアの耳に、何かの音が聞こえてきた気がした。
「……これは、馬蹄の音?」
気のせいかとも思ったが、確かに聞こえてくる。
セシリアだけでなく、周りの生徒たちも耳を澄まし始めた。
「も、もしかして今の煙で誰かが気付いてくれたんじゃ」
「そ、それなら学院に戻れるんじゃ」
近づいてくる馬蹄の音に皆の顔に希望が戻り始めた。
セシリアは馬蹄の音の方をじっと見つめる。
その時点で何か違和感を感じたのだ。
そしてその違和感の正体は、すぐに分かった。
「ね、ねえあれ、あの旗……」
馬に乗った軍がこちらへ向かってくる。
徐々に露になっていくその軍を見て、誰かが呟いた。
「あ、あれって、うちの国の軍旗じゃないよね……?」
近づいてくる軍が掲げている旗は、紛れもなく敵国のそれだった。




