1-16 現代魔法使いの震え
「……どういうことだ?」
リュエルの並々ならない態度にダリウスも真剣な顔を浮かべる。
「実は……」
そんなダリウスにリュエルは先ほどのことを伝える。
事の顛末を教えてもらったダリウスは顔を顰めると、難しそうな表情を浮かべた。
「なんであいつはそんなことをするかな……」
「やっぱり古代魔法だけでブラックベアを倒そうなんて、無謀すぎますよね?」
ダリウスの反応にリュエルは自分の考えが間違っていなかったと息を吐く。
しかしそんなリュエルの予想とは裏腹にダリウスは首を振る。
「いや、あいつならブラックベアを古代魔法で倒せる可能性は全然ある」
「え、そうなんですか……?」
「あぁ。お前は知らないかもしれないが、あいつの古代魔法の腕はクラスでも頭一個飛びぬけている」
ダリウスは日々の授業の中で、セシリアの古代魔法への考えや思いなどを鑑みても、それだけの実力があると評価していた。
それはセシリアの元来の才能というものも確かにあるだろう。
しかし昨日の放課後のことなどを考えると、恐らくセシリアは一人でも古代魔法の練習を毎日欠かさず、しかも人一倍の努力をしているはずだ。
そんなセシリアなら現代魔法を使わずとも、古代魔法のみでブラックベアを倒せる可能性は少なくないと分かっていた。
「じ、じゃあどうしてそんなに先生は焦ってるんですか……?」
セシリアには実力がある。
ダリウスは当然のようにそう言いながらも、普段では見ることが出来ないほど狼狽した様子で、焦っているようにしか見えない。
そんなリュエルの質問にダリウスは一瞬何を言っているのか分からないような表情をリュエルに向けるが、すぐに真剣な表情に戻ると静かに口にする。
「セシリアの実力なら、古代魔法だけでブラックベアを倒せる可能性は全然ある。……でもそれは倒せない可能性もあるってことだ」
「そ、それは……っ」
ダリウスからしてみれば、そんなの当たり前のことだ。
どうしてそんなことも分からないのかと思ったが、目の前の少女にそれを求めるのはさすがに酷だろう。
リュエルもダリウスの言わんとすることがさすがに分かったのか、その言葉にハッとした様子を見せる。
「……とりあえず俺はあいつを探してくる。この近くで深い森って言ったら幾つかあるから、今は時間が勿体ない」
「わ、私に出来ることは……」
「お前はもしあいつが帰ってきた時のためにここで待っていてくれ」
「わ、分かりました」
リュエルはダリウスの言葉に素直に頷く。
実際、今のところリュエルに出来ることと言ったらそれくらいだ。
ダリウスと一緒にセシリアを探しに行ったとしてもダリウスの足手まといにしかならないだろう。
それに手分けして探すにしても、ブラックベアなどの獰猛な動物が生息する森にリュエルが一人で行くのは危険すぎる。
ダリウスからしてみれば探す対象が二倍になるのと同じだと言っても過言ではないだろう。
リュエル自身それを分かっているからこそ、変に反論することなく、大人しくダリウスの指示に従っているのだ。
「じゃあ行ってくる」
「先生、セシリアをお願いします……」
「ああ。絶対に見つけてきてやる」
ダリウスはそれだけを言うと、研究室から飛び出していく。
一人研究室に残されたリュエルは、ダリウスが自分の親友を無事に連れ帰って来てくれることだけを祈っていた。
◇ ◇
「ふう。ここあたりかしら」
セシリアは辺りを見回しながら一人呟く。
今セシリアがいるのは木々が生い茂る森だ。
獰猛な動物が数多くいるだけあって、その森に近寄るものはほとんどいない。
実際、セシリアが辺りを見回しても全く人の気配すら感じない。
セシリアは気を引き締める。
ここは既に、いつ周りから危険な動物に襲われてもおかしくない場所なのだ。
それこそセシリアが今回目的としているブラックベアなどと正面で出会ってしまったら、それこそ一巻の終わりである。
そうならないためにも出来るだけ周りに気を配り、敵の背後を取ることに努めなければならない。
「ひとまずは安全な場所を確保して、周りの状況を把握しないと……」
セシリアは森を散策しながら、適当に休めるところを探す。
意外にもすぐに周りからは独立している空間を見つけられ、セシリアは腰を下ろす。
森へ来る前に急いで準備した鞄を開けて、その中から飲み物を取り出した。
「ここに来るまでにも結構疲れたし、一回休んでおかないと……」
サムの研究室にいた時よりも頭が冷えたのか、冷静に目的を達成するために動いているセシリア。
それだけ今回のことはセシリアにとって大事なことなのだ。
現代魔法を専門にする魔法師に、古代魔法を認めさせる。
古代魔法を非難されたことの心労で倒れた母を持つセシリアにとって、それはとてつもなく大きな意味を持っていた。
「……リュエルには悪いことしちゃったかな」
今更ながらに研究室でのことや、それ以前のことを思い出すセシリア。
何度も自分が危険なことをしようとするのを止めてくれたリュエルは、恐らく今も自分を心配してくれているのだろう。
(リュエルを安心させるためにも、少しでも早く帰らなきゃ)
疲れもある程度取れたセシリアは立ち上がる。
そして今回の目的でもあるブラックベアを探して、再び森の中を歩きだした。
「……いた」
一体どれほどの間、森の中を歩き続けたころだろうか。
セシリアが遂に立ち止まる。
その視線の先には一匹のブラックベアが悠々と歩いている。
セシリアとは比べ物にならないほどの巨躯を持つブラックベアにセシリアは思わず唾を飲むが、すぐに頭を振る。
「この機会を逃したら、今日はもうこれ以上探せない……」
既に周りは暗くなり始めて、視界も悪くなっている。
これ以上、森の中で何かを探すのはあまりにも下策だろう。
それを理解しているセシリアはブラックベアに気付かれないようにしながらも決して見失わないように気を付けながら、その背中を追う。
「獲物を探している……?」
ブラックベアを観察していて分かったのだが、どうやらこのブラックベアは森の中で獲物を捜しているらしい。
何度も辺りを見回し今夜の食事を捜している。
そのせいで何度セシリアの心臓が止まりそうになったか分かったものじゃないが、セシリアは未だに機会を窺っている。
その時、ブラックベアが何かを見つけたのか突然走り出す。
その大きな身体からは考えられない俊敏な動きに、セシリアは何とか見失わないように追いかける。
ブラックベアの走る先では、一匹の野生動物が水辺で喉を潤していた。
近づくにつれてさすがに足音を察したのか慌てて逃げ出そうとする野生動物だったが、それはあまりにも遅すぎたらしい。
一瞬にして野生動物との距離を詰めたブラックベアはその巨躯に似合う鋭く大きな爪を野生動物へと振り下ろす。
たった一撃。
その一撃だけでこれまで森で生きてきた野生動物は身体を裂かれ、血飛沫が溢れ出す。
「……っ」
ブラックベアのそんな圧倒的戦闘力を目の当たりにしたセシリアは思わず息を呑んだ。
もちろんブラックベアが獰猛であることは重々承知していた。
しかしそれでも生と死のやりとりを目の前で見たセシリアの身体は震えていた。
「……大丈夫、私には魔法があるんだから」
そんな自分をセシリアは元気づける。
(ここでやめたら、古代魔法を認めてもらえない」
古代魔法を認めさせるためにここにいるのに、このまま何もできずに帰ってしまったら、サムは今以上に古代魔法のことを侮るだろう。
セシリアはそれだけは嫌だった。
(……やってやる)
セシリアは震える自分の身体に何とか鞭打ち、気持ちを奮い立たせた。




