1-14 現代魔法使いの憤り
「あ、リュエル!」
「セシリア、おはよう」
「おはようじゃないわよ。昨日学校に来てなかったから心配してたのよ?」
魔法のイメージの自主練をした次の日、セシリアが一時間目の授業が始まるのを待っていると、リュエルが教室に入って来る。
それなりに心配していたというのに普段通りのリュエルの振る舞いにセシリアは頬を膨らませる。
だからかは分からないが、セシリアはリュエルのことを心配していたのは自分だけでなくダリウスもであることを口にしない。
「ごめんごめん。昨日は急に風邪ひいちゃって」
「そ、それなら仕方ないけど……。もう体調は大丈夫なの?」
「うん。一日休んだら治ったよ」
「そう。それなら良かったわ」
リュエルの顔を見てみても特に顔色が悪そうという感じはしない。
セシリアはホッと息を吐くと、自分の隣に座れるように横に詰める。
リュエルは一言「ありがとう」と言うと、いつものようにセシリアの隣に座った。
「今日の一時間目ってなんだったっけ?」
「火系統の現代魔法の授業よ」
リュエルの質問にセシリアが答える。
火系統の現代魔法と言えば、学院内のほとんどの生徒たちから高い信頼を支持を得ているサム=マーチンの授業だ。
というよりもむしろ、火系統の現代魔法を専門にするだけでなく、水や風の現代魔法までをも得意とし、更には教え方も上手い魔法師がどうして学院の生徒全員から信頼と支持を得ていないかの方が謎だ。
一体どの生徒たちがサムを信頼していないかというと、それはダリウスの受け持つ生徒たちに他ならない。
古代魔法について日々知識を付けていくダリウスのクラスだけが、サムのことをあまり良く思っていない。
「あの先生、事あるごとに古代魔法のことを引き合いにするから嫌なのよね」
セシリアはサムの授業を思い出したのか、うんざりした表情を浮かべている。
リュエルがそんなセシリアを何とか宥める。
しかしセシリアの言葉を聞いていた他の生徒たちも「確かに……」という風に苦笑いを浮かべていることから、セシリアの言葉が事実であることは明らかだ。
「まあ世間一般で言う古代魔法がどういう評価なのかは知らないわけじゃないけど、それでもちょうど今、皆必死になって練習してるものを馬鹿にされるのは良い気分じゃないわ」
「ま、まあそれは確かにそうだね……」
「それさえなければ文句なしに良い先生だとは思うんだけど」
「あはは……」
ため息を吐くセシリアに、リュエルは苦笑いを浮かべていた。
◇ ◇
「いい加減にしてください!!」
サムの授業中、セシリアの怒りの声が教室に響く。
「いつも思ってましたが、もう我慢できません! どうして先生は古代魔法を引き合いに現代魔法の説明をするんですか!?」
教室の中で驚いているのは意外にもサムただ一人。
他の生徒たちは「ああ遂に、か」と半ば諦めたような表情で肩を竦めている。
「特に今日はひどいです! 今日だけで何回、古代魔法を馬鹿にする発言をしましたか!?」
セシリアの言葉に生徒たちも頷く。
確かにセシリアの言う通り、普段から古代魔法を馬鹿にする発言をしていたサムだったが、今日に限っては普段とは比にならないほど、古代魔法を馬鹿にした発言を繰り返している。
それにはさすがのセシリアの堪忍袋の緒が切れた。
「サム先生は現代魔法を専門にする魔法師ですよね!? そんな人とあろう者が、古代魔法と現代魔法を比べて悦に浸るなんて、古代魔法に対しての侮辱だけでなく、サム先生自身が使う現代魔法を冒涜しているようなものです!」
セシリアの怒りの言葉は終わらない。
これまで我慢していたものが一気に溢れ出したような感じだ。
「仮にも教師なら、何かを蹴落とすことで自分の教えたいものを教えるのではなく、教えたいものそのものが持つ素晴らしさで生徒に教えていくべきではないんですか!?」
「う、うーん……」
尤もなセシリアの意見に、サムは苦笑いを浮かべながら頬を掻く。
「僕たち魔法師の世界では古代魔法が現代魔法に劣っているのは常識だし、それを皆に分かってもらいたいっていう理由もあるんだよ」
「まずその認識が間違っています!」
サムとしては言い訳か、本当の理由だったのかもしれないが、セシリアや他の生徒たちへの今の言葉だとしたら火に油を注ぐようなものだ。
案の定、セシリアが噛みつく。
「私たちは今、ダリウス先生指導の下で古代魔法の練習をしています。先生は普段でこそあんな感じですが、授業はとても分かりやすく、皆も先生の授業に感銘を受けています。サム先生がいくら古代魔法を馬鹿にした発言をしたところで、私たちの中で古代魔法の株が下がるようなことは絶対にありません!」
セシリアの言葉にクラスの生徒たちも一様に頷く。
彼ら自身、これまで何度もサムが古代魔法を馬鹿にした発言をしていたことを良く思っていなかったのである。
しかしつい先日までは自分たちもサム側の人間だったと言うこともあり、強くは言えなかったのだ。
だがセシリアがここまで言ってくれた以上、何もしないなんてダリウスから教わっている身であるならあり得ない。
気付けばクラスの中は古代魔法を支持する生徒たちで支配されていた。
しかしサムは未だに中々納得できないといった表情を浮かべている。
「君たちの言ってることも分かるんだけど……。やっぱり現代魔法を専門にする魔法師として古代魔法を認めるっていうのはちょっと……」
サムは頬を掻きながら言う。
その言葉は現代魔法使いとしての言葉なのか、教師としての言葉なのかセシリアには分からない。
しかしそんなものでセシリアたちが納得できるわけもなかった。
「じゃあどうしたら認めてくれるんですか?」
「へ?」
「何をすれば、サム先生が古代魔法を認めてくれるのかって聞いているんです」
唖然とした表情を浮かべるサムに力強い視線を向けるセシリア。
「え、えっと……」
セシリアの視線にサムは思わず顔を逸らす。
だがセシリアは逃がさない。
椅子から立ち上がり、ジッとサムを見続けている。
「た、例えば何か凄いことをしてくる、とかじゃないかな……?」
少しして、サムが苦し紛れと言った風に呟く。
「凄いこと、ですか?」
セシリアは思わず言葉に詰まる。
この場合の凄いことというのは、古代魔法で何かしらをしなければいけないということで間違いないだろう。
だが一体何をしたら、サムに古代魔法を認めさせることが出来るかがすぐには思い付かなかった。
「ま、まあこれからは僕もあまり古代魔法についてひどいことは言わないように気を付けるから」
セシリアが黙ったのを好機に思ったサムは取り繕ったように授業を再開する。
だがセシリアの頭は、先ほどのサムの言葉で埋め尽くされていた。




