1-13 劣化魔法使いの魔力
「うーん、やっぱり中々上手くいかない……」
ダリウスにミスを指摘されてから、何度も練習を繰り返しているセシリアだが、まだ一度も上手くいっていない。
魔法のイメージが上手くいかず水が掌から溢れ出したり、上手くいったと思っても魔法の発動を止めただけで魔法のイメージが成功しているわけじゃなかったりと、セシリアもさすがに疲れてきた。
「まあ、掌に水を貯めていくんだから、魔法のイメージへの意識が薄れるのも無理はない」
そんなセシリアに付き合って、教室に残っているのはダリウス。
てっきりすぐに帰ってしまうと思っていたセシリアは意外に思いつつも、これ以上格好悪い姿は見せたくないと溜息を零す。
しかしダリウスの言葉が正しいことはセシリアも良く分かっている。
既に何度魔法のイメージを忘れて、魔法の発現自体を止めてしまったか分からない。
逆に魔法のイメージを意識している時は毎回掌から水が溢れ出しているので、結局は失敗していることに変わりはないのだが、それでも魔法のイメージの練習をしているのだから、どちらの方が練習としての価値が高いのかは一目瞭然だ。
「……ふぅ」
セシリアは一度息を吐く。
当然の話なのだが、魔法の発現には古代魔法も現代魔法も関係なしに魔力が必要になってくる。
どちらの方が消費する魔力が多いというのは特になく、純粋に、完成された魔法の規模だったりが、消費魔力に関係している。
個人の魔力量に明確な数値などはなく、それに関してはほとんどが長年の練習などによる感覚で覚えていくしかない。
そして今、簡単なものとは言え何度も古代魔法を繰り返し使ったセシリアも、そろそろ限界に近付いてきた。
するとこれまで座っていたダリウスが唐突に立ち上がった。
(さすがに先生もこれ以上は付き合い切れない、って感じかしら)
セシリアとしてはこれまで何度も失敗を重ねながらも、色々なアドバイスをくれたダリウスにせめて一度でも魔法のイメージが成功した姿を見せたかったのだが、既にどれだけの時間が経ったかも分からないのに、これ以上付き合わせることは出来ない。
だがやはり、せめて一回……。
まぐれでも何でも良いから、一回だけは……と、セシリアは顔を俯かせる。
「ったく、仕方ねえな。今回きりだぞ」
「え……」
その時、セシリアの身体が後ろから何かに守られるように抱きしめられる。
後ろから聞こえてくるのは、さっきから何度もアドバイスをしてくれたダリウスの声だ。
「せ、先生!? な、何してるんですか!?」
ダリウスの意図が全く分からないセシリアは顔を赤くする。
セシリアは必死にダリウスを引き離そうともがくが、ダリウスはその手を離さない。
「良いから、落ち着け」
「……う、うぅ」
耳元で囁かれる声に、セシリアの身体から抵抗の力が消え失せる。
セシリアは恥ずかしさで腰が抜けてしまったのか、ダリウスにその身体を任せている。
「そんな緊張するな。肩の力を抜け」
「ひ、ひゃい……」
既に呂律も良く回っていないセシリアだが、ダリウスはそんなセシリアに気を配る気配はない。
セシリアの肩を優しく掴みながら耳元でそう囁くと、今度は後ろからセシリアの手を掴む。
セシリアは肩をびくっと揺らすが、やはりそれでもダリウスは止まらない。
「良いか? 一回しかやらないからな?」
「な、なにを――」
————するつもりなのか。
そう聞こうとしたセシリアの言葉は途中で止まってしまった。
なぜならダリウスの言葉の直後、セシリアの身体を温かい何かが包み込んだのだ。
(これは、先生の魔力……?)
セシリアはそれまで感じていた羞恥などを一切忘れて、ただ自分を包む何かを感じ続ける。
状況から考えて、これは恐らくダリウスの魔力なのだろう。
だが自分の魔力を他人に感じさせるなんてことが果たして出来るのだろうか。
少なくともセシリアはこれまでそんなことは一度も聞いたことが無い。
しかしセシリアにはそうとしか思えなかった。
古代魔法を専門にする魔法師として、魔法のイメージを極めるダリウスだからこそ出来る芸当なのだろうと、セシリアはまるで他人事のように感じていた。
少しして、セシリアの身体を包んでいたダリウスの魔力が、セシリアの掌に集まって来る。
それでもセシリアの身体を温かい何かを包んでいるように感じてしまうのは、背中からダリウスの体温を感じるからだろうか。
しかし今セシリアはそんなことよりも、自分の掌に集まるダリウスの魔力を意識せずにはいられなかった。
「命を育む天の恵み、我が手に集い給え」
ダリウスは普段からは考えられないほど優しい声色で詠唱する。
次の瞬間、ダリウスに包まれたセシリアの掌に水が注がれ始める。
優しく、優しく注がれるその水はセシリアの掌一杯になったのと同時に、最後の一滴を滴らせると、魔法陣は霧散した。
「よし、こんなもんか」
ダリウスは無事に魔法が成功したのを見届けると、セシリアから離れる。
セシリアはしばらく呆然と自分の掌の水を見つめていたが、ようやく我に返ったのかダリウスに驚きの視線を向ける。
「い、今のは……」
結局、セシリアを包んでいた温かいものは何だったのか、明確なことは何一つ分かっていない。
セシリアの口から自然と疑問の言葉が出てくる。
「俺が今やったのは、魔法のイメージを含んだ魔力をお前に感じさせたんだ」
「やっぱりさっきのは先生の……」
どうやらセシリアの予想は当たっていたらしい。
しかしそんな芸当を何もない風に言うあたり、ダリウスの底が知れない。
「ん? まあ今ので多分お前も少しは魔法のイメージもしやすくなったはずだから、これから練習したらすぐにあれくらいなら出来るようになるだろう。ただ今日はさすがに遅いから家に帰れ」
「わ、分かりました」
ダリウスが暗くなってくる窓の外を見ながらセシリアに言う。
まさかそんな心配されるようなことを言われるとは思ってもみなかったセシリアは驚きつつも頷く。
「あ、そういえば先生」
教室の扉に向かっていたセシリアが何かを思い出したように立ち止まる。
「どうして今日は教室になんか来たりしたんですか? 先生ってそんなことする柄じゃないですよね?」
「い、いきなり失礼な奴だな。俺だってたまには放課後の教室にくらい来るさ」
セシリアの純粋な疑問に、ダリウスは苦笑いを浮かべながら答える。
しかし何やら考えるように顎に手を置くと、言葉を続ける。
「今日は、あいつが授業にいなかったからな。放課後の教室ならもしかしたら、って思ったんだよ」
ダリウスは窓の外をぼうっと見つめながら答えた。
そんなダリウスの答えにセシリアは思わず押し黙る。
「……それって、リュエルのことですよね?」
「ああ。今日あいつ、学校に来てないよな?」
ダリウスの言葉にセシリアは無言で頷く。
それに関してはセシリアもダリウスと同様に気にはなっていた。
リュエルは中等部三年のころに編入してきてからこれまで一度も休んだことは無かった。
それが今日、何の連絡も無しに突然休んだのでセシリアもずっと心配していたのである。
しかしセシリアは自分の親友が休んでいることを、ダリウスが放課後の教室に探しに来るくらいまで気にしていることが驚きでならなかった。
「……リュエルのこと、妙に気にかけてるんですね」
「え? まあそうだな。ここ最近毎日、俺の研究室に入り浸ってたし、さすがに少しくらいは気になるさ」
「そう、なんですか」
セシリアは思わず言葉に詰まる。
リュエルが放課後などにダリウスの研究室へと出向いているのはセシリアも知っていた。
ここ数日は本当はセシリアも一緒に行きたかったのだが、これまで散々碌な奴じゃないと言っていた相手の研究室へと行くのは恥ずかしく、素直になれずにいたのだ。
それに研究室に行ったところでダリウスが禄に相手をしてくれるとも思っていなかった。
しかしどうやらセシリアの考えは間違っていたらしい。
事実、自分の親友はいつの間にか、授業を休んだことを心配されるほどの仲になっている。
「……っ」
それを考えると、セシリアはどうしてか胸が痛くなった。
セシリアは一度首を振ると、ダリウスを振り返る。
「先生、これからは私も先生の研究室に行っていいですか?」
これ以上、意地を張っていても意味はない。
それにダリウスの研究室に行けば、今日みたいに色々と教えてもらえるかもしれない。
(そう。私が先生の研究室に行きたいのは、古代魔法について色々と教わりたいことがあるから)
セシリアはそんなことを考えながら、ダリウスの反応を待つ。
だが結果なんて決まってるだろう。
自分の研究室に来ようとしている生徒を拒む教師なんているはずが――――
「え? 駄目に決まってるけど。めんどいし」
——ないと思っていた時期がセシリアにも確かにあったのだ。
セシリアは顔を俯かせたままダリウスへ近づく。
突然雰囲気の変わったセシリアに唾を飲むダリウス。
良く見れば――どうしてまだ捨てていないのかと尋ねたいが――ダリウスが魔法で生み出した水を掌に持っている。
「ち、ちょっとセシリアさーん?」
「…………」
ダリウスがいくら呼びかけてもセシリアは反応を見せない。
ただゆっくりとダリウスとの距離を詰めてきている。
そして手を伸ばせば届くほどの距離になった時、
「————これでも喰らいなさいっ!」
それまでずっと掌に持っていた水を、盛大にダリウスへとぶちまけた。




