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異世界の魔物、だいたい俺の設計ミスです ~天界の窓際部署に転生したら、予算0単位で魔王まで作らされた~  作者: 中原九尾
第4部:下界出張編

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第37話 勇者に会う

 下界出張、13日目。


 期限、未定。


 森の入口で勇者が首を23度傾げている。


 俺も首を23度傾げていた。


 傾げるつもりはなかった。気がついたら、傾いていた。首を傾げられたら、首を傾げ返してしまう。人間の習性だと、前にヨルムさんが言っていた。天使にも同じ習性があるらしい。


 勇者は傾げたまま動かない。


 俺も傾げたまま動けない。


「……新人」


「はい」


「何しとんねん」


「分かりません」


 ヨルムさんがため息をついた。それから、俺と勇者の間に立って、自分も首を23度傾げた。


「……ヨルムさんまで」


「3人で傾げたら、1人くらい先に戻るやろ思てな」


 誰も戻らなかった。


 夕暮れの森の入口で、勇者と、魔王の父と、天使様が、同じ角度で首を傾げている。通りかかったリスが3人を見上げて同じ角度で首を傾げた。


 4人になった。


「……首、戻らへん」


「第一課の整体部会、呼びたいですね」


「呼んでも、3日かかる。ここ下界やから、21日や」


   *


 最初に首を戻したのは、勇者だった。


 勇者が腰の鞄から紙を1枚取り出す。折りたたんだ跡がある。広げて、俺の顔と見比べる。


 図鑑の写しだった。


 羽の足りない男。二つ名、魔王の父。懸賞金、銀貨30枚。


 勇者は似顔絵と俺を3回見比べる。羽の大きさを指で測るような仕草をする。似顔絵の羽は実物より小さい。


 それから、背中の帳面をほどいた。ずいぶん使い込んだ帳面だった。表紙に大きな字で書いてある。


 討伐記録。


 勇者がペンを取り出して何か書く。字が大きいので、こちらからも読める。


『魔王の父 見逃し』


「……見逃されました」


「一瞬やったな」


「俺、モフルと同じ扱いです」


「モフルより早かったで。モフルは、首を傾げてから見逃されたんや。あんたは、首を傾げながら見逃された」


 勇者は帳面を閉じた。それから、図鑑の写しの余白に大きな字で何か書き足した。


『見逃し済み 勇者レオン』


 勇者はその写しを近くの木の幹に、小刀でとめた。


「……何してはるんや」


 ヨルムさんが聞いた。


 勇者は少し考えてから口を開いた。


「勇者が、見逃した。だから、もう、狩らなくていい」


 短い言葉だった。起きている勇者の声を、こんなに近くで聞いたのは初めてだった。低くも高くもない、まっすぐな声。


 懸賞金の手配書に勇者の見逃し印が押された。


 下界でそれがどういう意味を持つのかは分からない。ただ、ヨルムさんが小さく笑った。


「勇者の見逃し印か。天界の合議印より、よっぽど効きそうやな」


   *


 日が暮れたので森の入口で火を焚くことにする。


 勇者は手際よく焚き火を起こした。枝の組み方がうまい。風上と風下を見て、火から少しだけ離れた場所に座る。熱源から、ちょうどいい距離。


 スライムに1行足した本能と、同じ距離だった。


「……スライムより、上手ですね」


 勇者が首を傾げた。23度。


「何でもないです」


 俺は重箱の5段目を開ける。竜のおにぎりが並んでいる。勇者の前に1個差し出した。


 勇者はおにぎりを受け取って、じっと見た。竜の形。頭と、尻尾。


 勇者は、頭からかじった。


「あ」


 俺とヨルムさんが同時に言った。


 勇者がかじったまま首を傾げる。


「……尻尾から、食べる決まりが」


「決まり?」


「天界の食堂の決まりです。竜は、尻尾から」


 勇者はかじった竜の頭と、残った胴体と尻尾をしばらく見比べていた。


 それから、ペンを取り出して、帳面に書いた。


『竜 尻尾から 決まり 知らなかった ごめん』


 竜のおにぎりにまで謝っている。


   *


 焚き火を囲んで勇者が帳面を見せてくれる。


 討伐記録。表紙にはそう書いてある。中身は日記だ。


 最初の方のページは、字が今より少し小さかった。


『スライム 焚き火の番 あたたかそう 見逃し』


『ゴブリン 子守り えらい 見逃し』


『モフル 見逃し』


『アカマダラ 保留』


『コタツバチ 寒さに弱い』


『シラタマ 守る』


 俺の魔物が全部並んでいる。


 水鏡の向こうで何度も見てきた。勇者の記録は天界の査定より短くて、図鑑より正確だった。


 俺は、ページをめくっていく手が、少しだけ遅くなっているのに気づいた。


 前世の会社には、お客様相談室という部署があった。商品企画部に回ってくるのは、苦情のはがきばかりだった。「甘すぎる」「量が少ない」「前の方がよかった」。褒めるはがきは1年に1枚来るかどうかだった。


 勇者の帳面は、はがき100枚分より長かった。


 そして、1枚も、苦情がない。


『顔に糸 くすぐったい 踊った』


『枝に戻した また飛んだ よかった』


『竜 くしゃみした かわいい 見逃し』


『城 暖かい 泊まった また来る』


『四天王 5人いた 全員 見逃し』


『さなぎ 動かない 待つ』


『魔王 倒した ちっちゃくなった 連れて帰った 城に』


 一番新しいページには、今日の日付があった。


『魔王の父 見逃し』


『竜 尻尾から 決まり 知らなかった ごめん』


 その少し前のページに、見覚えのある言葉があった。


『身代わり串 おいしい』


『看板の字 汚い なかま?』


「……ベルン村の串、食べたんですね」


 勇者は頷いた。


「うまかった。字、汚かった」


「その字、俺です」


 勇者は俺の顔をじっと見た。それから、帳面の「なかま?」の横に小さく丸をつけた。疑問が1つ解決したらしい。


「……全部、見てたんですね」


 勇者は頷いた。


「全部、書いた」


「なんで、日記にしたんですか。討伐記録なのに」


 勇者は焚き火の火を見ている。しばらく黙っていた。それから、ゆっくりと言った。


「倒すもの、書いてなかった」


「……え」


「だから、見たもの、書いた」


 俺はヨルムさんと顔を見合わせた。


 転生受付で見た、勇者の仕様書。倒すものの欄が空欄だった。


 勇者は自分の仕様書を読んだことがあるのだろうか。


「倒すものが、書いてないって、誰かに言われたんですか」


 勇者は首を傾げた。23度。それから、少しだけ考えて、首を戻した。


「生まれる前」


 焚き火がぱちりと鳴る。


「誰かに、言われた。倒すものは、自分で、決めなさい、って」


「……誰に」


「分からない。小さい声だった」


 勇者は帳面を閉じて、表紙の「討伐記録」の字を指でなぞった。


「舟の、においがした」


 ヨルムさんの手の中で、雲のパイプが止まった。


 俺も何も言えなかった。


 天界の窓際で舟の模型を磨いている人の顔が浮かぶ。いつも小さな声で、前例がない、と言う人。空欄は書き忘れじゃないよ、と言った人。


「……順番に、話すよ」


 課長の声が、頭の中で聞こえた気がした。


   *


 勇者の鞄は小さいわりに、いろいろなものが出てきた。


 首まくら。魔王城のゴブリンが売っていたものだ。


 傘。サナギに差していた傘だった。骨が1本、少し曲がっている。


 地図の束。魔王城の迷路の地図で、11枚あった。全部、違う形をしていた。


「……11枚も描いたんですか」


「毎晩、変わるから」


「全部、取っておくんですか」


「思い出」


 勇者は地図の束を大事そうに鞄に戻した。俺の設計した城の迷路が、勇者の思い出になっていた。前世で作った商品のパッケージを、大事に取っておいてくれる客がいたら、こんな気持ちになったのかもしれない。


   *


 夜が更けて、焚き火が小さくなった。


 勇者が帳面の新しいページを開いて、俺に差し出した。


「名前、書いて」


「俺の、ですか」


「見逃したもの、名前、書いてもらう。決まり」


 勇者の決まりらしかった。俺はペンを受け取って、帳面に「真壁創」と書いた。


 焚き火の明かりの中で、自分の字を見る。グラナ村の保育所で5歳の先生に教わって、少しだけまっすぐになった字。それでも、やっぱり汚い。


 勇者は俺の字をじっと見ている。


 それから、その下に自分の名前を書く。


 レオン。


 大きな字だった。そして、俺と同じくらい、汚かった。


 勇者が2つの名前を見比べて、首を傾げた。それから、名前の横に小さく書き足した。


『字 汚い なかま』


「……仲間、ですか」


 勇者が頷く。少しだけ笑っていた。


 ヨルムさんが横から帳面を覗き込んで、吹き出した。


「汚い字の同盟ができたな」


「ヨルムさんも、書いてください」


「うちの字は、きれいや。入れてもらえへん」


 勇者がヨルムさんの方を見て、首を傾げた。それから、帳面を差し出した。


 ヨルムさんは渋々ペンを受け取って、名前を書いた。


 きれいな字だった。


 勇者が、その字をしばらく見て横に書き足す。


『字 きれい 先生』


「……先生、やて」


「保育所で聞いたら、泣いて喜びますよ、5歳の先生たち」


「うちは、100年、赤ペン先生やってきたんや」


 ヨルムさんは、なぜか少しだけ誇らしげだ。


「先生。字、教えて」


 勇者が、帳面を差し出した。


「ええで。赤ペンなら、持っとる」


 ヨルムさんが胸ポケットから赤ペンを出して、勇者の帳面の「なかま」の横に、さらさらと書き込む。


『字が汚い』


 勇者は、その赤い字を長いこと眺めて、うれしそうに首を傾げた。


 気がつくと、勇者は帳面を抱えたまま、座った姿勢で眠っていた。首が少しずつ傾いていく。23度で止まった。


「……あと、5分……」


 寝言だった。


「竜と、同じこと言ってますね」


「王都で1週間、流行っとったからな。うつったんやろ」


 ナキマオウの寝言は勇者の寝言にまで残っていた。俺の設計ミスはだいたい下界に長く残る。


 明け方、天界の鳩が焚き火のそばに降りた。筒の中の紙は2枚。


『勇者くんと会ったの見たー! 字汚いなかまー! いいなー!』


 女神様は今日も水鏡の前にいたらしい。


 2枚目は小さな字だった。


『レオンくんに、よろしく伝えてね。 ノア』


 俺とヨルムさんは紙を見つめたまま、しばらく黙っていた。


 課長は、勇者を、名前で呼んでいた。


   *


 下界出張、14日目の朝。


 勇者が焚き火の後始末をして剣を腰に下げる。


「北に、行く」


「魔王城ですか」


「魔王、大きくなったか、見に行く」


 勇者は北の空を見た。


「まだ、ちっちゃい、たぶん。でも、見に行く」


 大きくなったら、また来る。帳面にそう書いてあった。大きくなる前にも来るらしい。


「一緒に、来る?」


 勇者が俺とヨルムさんを見た。


 俺はヨルムさんを見た。ヨルムさんは北の空を見ていた。


「北には、あんたの魔物が6匹おるな」


「四天王の5人と、魔王と」


「ツカモリもや。城の。7匹」


「ゴブリンは、数えないんですか」


「1行足しただけのもんまで数えたら、スライムも入る。スライムを数えたら、焚き火も入る」


「焚き火は、俺の設計じゃないです」


「……宿の従業員枠、まだ空いてますかね」


「ゴブリンに聞いてみ」


 勇者が帳面の新しいページに、今日の分を書いた。


『魔王の父と 先生と 北へ』


 下界出張、14日目。


 勇者の日記に、俺たちの名前が書き込まれた。

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