第3話 敵が来てから発注します
第七課廃止まで、あと83日。
「修正ばっかりしとっても、課は残らへん」
朝一番、ヨルムさんは雲のパイプで俺を指した。
「通達、覚えとるか。『リリース後3か月間絶滅しない魔物を1種、設計・実装すること』。新しく作れ、ちゅうことや。スライムやゴブリンの手直しは、点数にならん」
「つまり、新種を作るんですね」
「せや。で、新人。あんたが作れ」
「俺がですか」
「うちの課で、この1週間で一番まともな仕様書を書いたのはあんたや」
褒められたのかと思ったが、よく考えると、この1週間で仕様書を書いたのは俺だけだった。比較対象がいない1位は、1位とは言わない。
窓際のノア課長が、舟の模型から顔を上げた。
「入って1週間の新人が新種を設計する。前例がない」
「前例がないのは、うちの課に新人が来たことの方やろ」
ヨルムさんが即座に返した。前例がない、は課長の口癖であると同時に、この課の実態でもあった。
*
新種の設計には、条件が3つあった。
ひとつ。予算の範囲に収めること。ミカさんによれば、スライムとゴブリンの修正費と、祈りの段ボールの保管料が引かれて、第七課の今期の残りは魔素340単位。第一課がドラゴン1頭の翼にかける予算より少ないらしい。
ふたつ。下界で3か月、絶滅しないこと。天界の時間に直せば、およそ13日。
みっつ。勇者に見つからないこと。これは条件というより祈りに近い。
「勇者って、そんなに強いんですか」
「強いっちゅうか、目についたもんを全部狩る」
ヨルムさんは、分厚い綴りを机に置いた。『勇者レオン 討伐記録』と表紙にある。めくると、1ページに100行ずつ、倒された魔物の名前と日付が並んでいた。
「……これ、何ページあるんですか」
「数えるのやめた」
「悪い人なんですか」
「ええ子や。村の人を助けたい一心で、朝から晩まで魔物を狩っとる。悪気がないから、止めようがない」
災害に悪気がないのと同じ理屈だった。台風に謝罪会見を求める人はいない。ただ、台風は少なくとも季節を選ぶ。勇者は、朝から晩まで、年中無休で上陸してくる。
*
俺はその日、1日かけて考えた。
強い魔物は予算がかかる。弱い魔物は狩られる。なら、普段は安く、必要なときだけ強くなれればいい。
前世で見たドキュメンタリーに、そういう生き物がいた。
ミジンコだ。
池や田んぼにいる、1mmほどの小さな生き物である。ある種類のミジンコは、天敵の出す匂いを水の中で感じ取ると、頭にヘルメットのような突起を生やしたり、首にトゲを生やしたりする。敵がいないときは、つるんとした普通の体で過ごす。
常に鎧を着ていたら、重いし、食費もかかる。だから、危ないときだけ鎧を着る。
しかも、母親が危険を感じると、生まれてくる子供は最初から鎧を着た姿で生まれてくるのだという。
合理的だった。前世の会社にこの発想があれば、繁忙期でもないのに全社員が残業する文化はなくなっていたと思う。
俺は、書き上げた仕様書をヨルムさんに提出した。
【仕様書】
名称:ミズヨロイ
生息地:沼、湿地
体格:手のひら程度
平常時:柔らかい体。攻撃手段なし
警戒時:冒険者の匂い(鉄、汗、革)を感知すると、次の脱皮で甲殻とトゲを生成する
継承:母親が警戒状態の場合、子は最初から甲殻付きで生まれる
設計者:真壁
ヨルムさんは黙って読み、赤ペンを取り出した。
丸は1つだけだった。
「『次の脱皮で』。ここ。脱皮はどのくらいの間隔や」
「……1日に1回くらいで考えてました」
「ほな、敵の匂いがしてから、鎧が届くまで、最大で丸1日かかるわけやな」
「そうなりますね」
「その1日、ミズヨロイは何しとるんや」
「……待ってます」
「裸でか」
「柔らかい体で、です」
「それを裸て言うねん」
ヨルムさんは赤ペンを置いた。
「強盗が玄関の前に立ってから、防犯扉を工務店に注文するようなもんや。工務店が来る前に、家の中に入られとる」
「でも、敵がずっと居座る場所なら、次の世代は最初から鎧を着て生まれます。母親の警戒が子供に引き継がれるので」
「次の世代まで生き残ればな」
正論だった。反論が思いつかなかった。
ただ、ヨルムさんは仕様書を突き返さなかった。代わりに、決裁の欄に自分の印を押した。
「え、通すんですか」
「やってみ。あかんかったら、なんであかんかったか分かる。それも仕事や」
隅の机で、ミカさんがそろばんをはじいた。
「平常時の維持費がほぼゼロ。鎧は必要なときだけの貸し出し式。装甲の費用は、使った分だけ。……とても良い設計です」
ミカさんが何かを褒めるのを、初めて聞いた。
「合計、魔素41単位。承認します」
予算を握る人に褒められた設計は、たいてい現場で痛い目を見る。前世でも、そうだった。
*
ミズヨロイは、下界のベルン村の近くの沼にリリースされた。
1日目。天界の水鏡に映る沼の中を、手のひらほどの丸い生き物たちが、のんびりと泳いでいた。つるんとした半透明の体で、水草をつついている。平和だった。
2日目の朝、冒険者のパーティーが沼にやって来た。
剣士が1人、魔術師が1人、それに見習いらしい少年が1人。革の鎧と鉄の剣の匂いが、水の中に溶けていく。
ミズヨロイたちが、一斉に動きを止めた。
警戒時の仕様が、正しく作動したのだ。俺は思わず拳を握った。
そして、何も起きなかった。
当然だった。鎧が生えるのは、次の脱皮である。今は、発注を受け付けただけだ。
水鏡の中で、見習いの少年が網を構えた。
「なんだこれ。ぷにぷにしてる」
「ギルドの新種報告に出てたやつだな。沼の新顔。1匹いくらで引き取ってくれるか、聞いてみるか」
網が水に入った。ミズヨロイたちは、柔らかい体のまま、柔らかく掬われていった。
何匹かは網から逃れて水草の陰に潜り込んだ。その体の表面が、ゆっくりと硬くなり始めていた。背中に、小さな突起がぽつぽつと浮かぶ。鎧の納品作業が、始まったのだ。
水鏡の隅には、魔物の状態を示す小さな文字が浮かんでいた。仕様書どおりに実装すると、天界側で進み具合が見られるようになっているらしい。
『装甲:発注済み お届け予定:明日』
「……配送状況が見られるんですね」
「見られても、早うはならへんで」
ヨルムさんの言うとおりだった。お届け予定の文字は、いくら睨んでも「明日」のままだった。前世で、通販の荷物の追跡画面を1時間に10回開いていた頃を思い出した。あの頃も、荷物は1秒も早く届かなかった。
冒険者たちは、それをのんびり眺めてはくれなかった。
前世で見た特撮の怪人たちは、なんと礼儀正しかったことか。主人公の変身が終わるまで、きちんと待っていてくれた。下界の冒険者には、その礼儀がない。変身の途中の生き物は、ただの「途中の生き物」として網に入った。
「ヨルムさん」
「なんや」
「冒険者、待ってくれませんね」
「待つわけないやろ。向こうも生活かかっとるんや」
*
それでも、数匹は生き延びた。
甲殻の納品が間に合った個体と、その子供たちだ。母親が警戒状態だったので、子供は最初から甲殻とトゲを着て生まれてきた。狙いどおりだった。鎧を着たミズヨロイは、見習いの網では掬えない。トゲが網の目に引っかかり、少年は手を刺されて悲鳴を上げた。
「よし」
俺は、今度こそ拳を握った。
5日目。天界の時間でいえば、リリースから5日。下界では、およそ1か月が過ぎていた。
新しい祈りが届いた。
【祈りの写し】
差出人:ベルン村の防具職人
内容:女神様。沼に、トゲのついた甲殻を持つ生き物が出ました。この甲殻が、軽くて硬くて、小盾の材料にちょうどいいのです。
今、村中の職人が沼に通っています。もっと増やしてください。
拳を開いた。
ギルドの図鑑も、改訂されていた。
【冒険者ギルド公認 魔物図鑑 第6版】
ミズヨロイ
二つ名:沼の鎧職人
危険度:★☆☆☆☆
素材価値:★★★★☆
解説:危険を察知すると自ら鎧を作る魔物。その甲殻は軽量の小盾に最適。鎧を着た個体を狙うこと。着ていない個体は素材にならない。
「鎧を着た個体を狙え、って書いてあります」
「読めば分かる」
「身を守るために着た鎧が、狙われる理由になってます」
「せやな」
ヨルムさんは、水鏡に映る沼を眺めながら、雲を吸った。
「あんたは、鎧を『敵を防ぐもの』として設計した。下界の連中は、それを『高く売れるもの』として見た。どっちが正しいかは関係あらへん。下界では、下界の見方が勝つ」
8日目。沼のミズヨロイは、ほとんどいなくなった。鎧を着ていない個体は見習いの網に掬われ、鎧を着た個体は職人たちに素材として狩られた。最後に残った数匹は、柔らかい体のまま、水草の奥に隠れていた。
警戒しすぎて鎧を着れば狩られる。警戒しなければ網に入る。どちらを選んでも、沼に居場所がない。
10日目。水鏡の中の沼から、ミズヨロイの姿が消えた。
下界時間で、2か月と少し。3か月には届かなかった。
*
「リリース1号。生存、下界時間で70日」
ミカさんが、査定の用紙を読み上げた。
「平常時の維持費は、過去最低を記録しました」
「それは慰めになるんでしょうか」
「経理としては、なります」
ならないと思う。
俺は、机代わりの段ボール箱に額をつけた。先日のゴブリンの箱が、まだ片付いていなかった。
敵が来てから装備を注文する。注文してから、届くまで待つ。その間に、敵は待ってくれない。そして、届いた装備は、敵にとっての商品だった。
前世の会社にもあった。クレームが来てから品質管理の担当者を決め、担当者が決まった頃には取引先がいなくなっている、というようなことが。
「新人」
顔を上げると、ヨルムさんが俺の仕様書を持っていた。70日で終わった、ミズヨロイの仕様書だ。
「発想は、悪ない」
「でも、絶滅しました」
「普段は安く、要るときだけ強く。それ自体は正しい。あかんかったのは納期と、売り先や」
ヨルムさんは、赤ペンで仕様書の余白に何か書き込み、俺の机に戻した。
『必要なときだけ強い、は使える。次は、強くなる前に食われへん工夫と、強くなっても欲しがられへん工夫を考え』
その下に、小さく付け足してあった。
『字は相変わらず汚い』
「……それ、毎回書くんですか」
「毎回汚いからな」
窓際で、ノア課長が舟の模型を置いた。
「新人くんの最初の新種が、2か月以上も下界にいた。第七課の新種としては、最長記録だよ」
「……ちなみに、これまでの最長は」
「40日」
前例は、あった。ただし、その前例が低すぎた。
第七課廃止まで、あと73日。
俺の最初の魔物は、沼の鎧職人と呼ばれ、盾になって、下界のどこかの冒険者を守っているらしい。
守る相手を間違えたことを除けば、立派に役目を果たしていた。




