第2話 神殿からのお客様の声
第七課廃止まで、あと88日。
出勤すると、第七課の扉が開かなかった。
鍵がかかっているのではない。内側から、何かが扉を押し返しているのだ。体重をかけて押し込むと、隙間から紙の束がなだれ落ちてきた。
段ボール箱だった。部屋の床から天井近くまで、段ボール箱がぎっしりと積まれている。
俺は、反射的に3歩下がった。
前世の最期の光景が、脳裏によみがえる。崩れる棚。降り注ぐ箱。「天地無用」の4文字。死因と同じ形状の物体が、職場を埋め尽くしている。
「何しとんねん、新人。はよ入り」
箱の山の向こうから、ヨルムさんの声がした。
「すみません。段ボールには、ちょっと個人的な因縁が」
「ああ、あんたの死因、箱やったな」
「チョコレートです」
「箱に入ったチョコレートやろ。ほな箱や」
反論できなかった。
箱の側面には、どれも同じ判が押してあった。『神殿経由・祈りの写し/件名:ゴブリン』。
*
「ゴブリンって、うちの担当なんですか」
箱の隙間をすり抜けて自分の机にたどり着き、俺は尋ねた。机の上にも箱が乗っていたので、箱を机にして仕事をすることになった。
「元は第四課の担当や」
ヨルムさんは、箱の上に腰かけて雲のパイプをくわえていた。
「第四課は200年前に廃止された。廃止された課の魔物は、全部うちに引き継がれる。第七課はな、生物設計局の遺品整理係なんや」
窓際で、ノア課長がうなずいた。
「廃止された課の数は、今までに23。前例は、けっこうある」
昨日の「けっこうある」は、23のことだったらしい。自分の課が24番目になるかもしれないのに、課長は舟の模型を磨く手を止めなかった。
俺は、手近な箱を1つ開けた。
【祈りの写し】
差出人:グラナ村の農夫
内容:女神様。ゴブリンが畑のカブを全部抜いていきます。先週、柵を作りました。今週、柵がゴブリンに抜かれました。
【祈りの写し】
差出人:グラナ村の村長
内容:女神様。ゴブリンが増えすぎて、村の人口より多くなりました。次の村長選挙が心配です。
【祈りの写し】
差出人:グラナ村の少年
内容:めがみさま。ゴブリンがおまつりにきて、ぼくより上手におどっていました。くやしいです。
最後の1枚は、ゴブリン問題なのか、少年の問題なのか、判断に迷った。
*
ゴブリンの仕様書は、第四課の書式のまま残っていた。
【仕様書】
名称:ゴブリン
体格:小柄(人間の子供程度)
知能:低め
腕力:低め
繁殖力:高め
全部、「め」で終わっていた。
「……数字が1つもないんですけど」
「第四課の課長の口癖が『だいたいで』やってん。そら廃止されるわ」
下界の記録を取り寄せると、ゴブリンの「高め」は、年に12回の出産で、1回に8匹だった。だいたいで決めた結果、1組の夫婦が1年で96匹の子供を産んでいる。
高め、の一言で済ませていい数字ではない。
「ほな、会議や」
ヨルムさんが箱の上から降りた。
「繁殖力を下げる。方法を出してき」
部屋の隅の机で、ミカさんが青く光るそろばんを構えた。気づかないうちに、そこに座っていた。この人は、予算の話が始まる気配を察知して現れるのだと思う。
*
会議は、課長の提案から始まった。
「出産の回数を、年12回から1回にするのはどうかな」
「繁殖力の数値変更は、仕様の根幹部分なので全面改修になります」
ミカさんのそろばんが鳴った。
「魔素380単位。今期の予算がほぼ消えます」
「……寿命を短くするのは?」
「寿命も根幹です。370単位」
「天敵を追加するのは」
「新しい魔物を1種作ることになります。1200単位。その天敵の天敵が必要になったら、さらに1200単位」
課長は黙って、舟の模型を磨き始めた。会議から降りたらしい。
ヨルムさんが、雲を吐きながら言った。
「根っこをいじったら金がかかる。後から足せる部品だけで、どうにかせなあかん」
昨日のスライムと同じだった。頭は買えない。仕様の根幹もいじれない。使えるのは、安い標準部品の追加だけだ。
俺は、前世の深夜に見ていたドキュメンタリーを思い出していた。
地球の生き物には、大きく分けて2種類の子育てがある。
ひとつは、とにかくたくさん産んで、あとは放っておくやり方。魚やカエルの多くがそうで、卵を何千個も産み、ほとんどが食べられても、何匹か残ればいいという考え方だ。
もうひとつは、少しだけ産んで、手厚く育てるやり方。ゾウやクジラ、それに人間がそうだ。子供は少ないが、そのぶん親が長い時間をかけて面倒を見る。
この2つは、両立しにくい。手厚く育てれば、手が足りなくなる。手が足りなければ、たくさんは産めない。
「子育ての本能を、足すのはどうですか」
「子育て?」
「今のゴブリンは、産んだら放っておく仕様ですよね。そこに、『子供が独り立ちするまで、両親で面倒を見る』っていう本能を足すんです。繁殖力の数値はいじらない。でも、手のかかる子供を抱えていたら、次の子を産む余裕がなくなる」
ヨルムさんのパイプが、口元で止まった。
「……産む力はそのままで、育てる手間で絞るっちゅうことか」
「はい」
「本能の追加は標準部品です」
ミカさんが、そろばんをはじいた。
「子育て本能、単価0.4。ゴブリン全個体に行き渡らせて、魔素28単位」
380単位が、28単位になった。
*
そこからの会議が、おかしな方向へ転がった。
「両親で面倒を見るなら、父親の役割も書かなあかんな」
ヨルムさんが、仕様書の余白に赤ペンで書き込み始めた。
「母親だけに任せたら、母親が倒れて子育てが止まる。父親も狩りの合間に子守りをする。交代制や」
「交代制なら、休みも要りますね」
俺も、つい口を挟んでいた。
「子育て中は狩りを減らす。その間の食料は、群れの他のゴブリンが分けて――」
「それ、育休やん」
「……育休ですね」
「育休の間の食料を群れが負担するなら、群れ全体で保育の仕組みがいるな。子供を1か所に集めて、手の空いた大人が見る」
「保育所ですね」
課長が、舟の模型から顔を上げた。
「待ちなさい。第七課には育休の制度がない。ゴブリンに育休があって、第七課にないというのは……前例がない」
「うちの課の福利厚生は、雲吸い所だけや」
ヨルムさんが即答した。
「しかも雲吸い所は、第六課と共用や」
気づけば、ゴブリンの仕様書には、第七課の就業規則よりも手厚い子育て支援が書き込まれていた。育休、交代制の子守り、群れによる保育、子供が独り立ちするまでの見守り。
ミカさんが、最後にそろばんをはじいた。
「保育の仕組みは、群れの本能の追加で対応できます。追加で魔素6単位。合計34単位です」
少し間を置いて、ミカさんは付け加えた。
「ちなみに、同じ制度を第七課に導入する予算はありません」
「ゴブリンより下なんですか、俺たちの待遇」
「ゴブリンの方が、生存査定に貢献しますので」
正論だった。
ヨルムさんが、書き上がった仕様書を俺に渡してきた。赤ペンで、2か所に丸がついていた。「『独り立ち』の基準を書け」と、「字が汚い」。昨日より1か所減っていた。
字の汚さは、減っていなかった。
*
修正版ゴブリンのリリースから、4日が経った。下界では、ひと月ほど過ぎたことになる。
ゴブリンの出産数は、目に見えて減った。1組の夫婦が1年で96匹産んでいたのが、2匹から3匹になった。子育て中のゴブリンは畑荒らしに出てこなくなり、グラナ村のカブは、久しぶりに抜かれずに育った。
段ボール箱は、少しずつ減っていった。代わりに、新しい祈りが届き始めた。
【祈りの写し】
差出人:グラナ村の農夫
内容:女神様。ゴブリンが畑に来なくなりました。ありがとうございます。
ただ、村はずれにゴブリンの保育所ができました。子供のゴブリンが、大人のゴブリンに見守られて、楽しそうに遊んでいます。
うちの子が、そこに混ざって遊んでいます。
【祈りの写し】
差出人:グラナ村の村長
内容:女神様。村の子供たちが、昼間はゴブリンの保育所に行くようになりました。ゴブリンが、人間の子供もまとめて見てくれます。おかげで大人は、日暮れまで畑仕事ができます。
今年のカブは、過去10年で一番の出来です。
【祈りの写し】
差出人:グラナ村の少年
内容:めがみさま。ゴブリンにおどりをおしえてもらいました。こんどのおまつりで、いっしょにおどります。
【祈りの写し】
差出人:グラナ村の住民一同
内容:女神様。ゴブリンを、これ以上減らさないでください。
【祈りの写し】
差出人:グラナ村の村長
内容:女神様。次の村長選挙に、ゴブリンの保育所長が立候補しました。支持率が私より高いです。
最初の祈りで、村長は選挙を心配していた。心配の方向だけは、正しかった。
最後の1枚を読み終えて、俺は机代わりの箱に突っ伏した。
「増えすぎって苦情が来て、減らしたら、減らすなって苦情が来ました」
「お客様の声は、だいたいそうや」
ヨルムさんは、ギルドの図鑑の最新版を開いていた。
【冒険者ギルド公認 魔物図鑑 第5版】
ゴブリン
二つ名:村はずれの子守り鬼
危険度:★☆☆☆☆(子供連れの場合は近づかないこと。親が怒る)
解説:かつては畑を荒らす害獣であったが、近年は群れで保育所を営む。人間の子供も預かる。預けた子供が踊りを覚えて帰ってくることがある。
「子守り鬼って、褒めてるのか怖がってるのか分からない二つ名ですね」
「下界の連中も、分かってへんのやろ」
ヨルムさんは図鑑を閉じて、雲を吸った。
「せやけど、ゴブリンの生存査定はちょっと上がった。数は減ったけど、減り方が落ち着いた。ええ仕事や」
「ありがとうございます」
「字は汚いけどな」
その一言は、毎回付けないといけない決まりでもあるのだろうか。
窓際では、課長が便箋に何か書いていた。覗き込むと、表題が見えた。
『第七課における育児休業制度の導入についての要望書』
宛先は局長だった。提出しても、たぶん前例はない。
ミカさんが、課長の机の横を通りすぎながら、小さな声で言った。
「予算はありません」
課長は、便箋をそっと引き出しにしまった。
ゴブリンは村はずれで子供を育て、人間の子供は踊りを覚え、第七課の福利厚生は雲吸い所のままだった。
廃止まで、あと84日。下界の村は、少しだけ平和になった。第七課は、少しも楽にならなかった。




