↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の魔物、だいたい俺の設計ミスです ~天界の窓際部署に転生したら、予算0単位で魔王まで作らされた~  作者: 中原九尾
第3部:魔王発注編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/35

第23話 四天王は再雇用

 魔王の納品まで、あと1日と6時間51分。


 朝の鳩は珍しく良い知らせを運んできた。


『四天王の分、締め切り延ばしてあげる! 30日! 下界の!』


 今回は最初から「下界の」と書いてあった。女神様も学習するらしい。


「下界の30日は、天界の4日と6時間51分です」


 ミカさんがそろばんをはじいた。


「足しますと、あと5日と13時間42分」


「51分と51分で、42分なんですね」


「1時間繰り上がりました」


 ミカさんは少しだけ誇らしげだった。そろばんの桁が足りる計算は、ミカさんの好物だった。


 締め切りが延びた。仕様が増えた。前世で学んだ法則は天界でも2回連続で当たった。


 当たっても何ももらえない。


   *


 第一課の大会議室に入ると、机の上の書類の山が4つに分かれていた。


「おはよう。四天王部会の中に、部会を4つ作ったわ」


 ルシアさんの目の下に、うっすらと隈があった。巻き髪は完璧だった。巻き髪を優先したらしい。


「炎の四天王部会。氷の四天王部会。雷の四天王部会。闇の四天王部会。それぞれ一晩で、仕様書を300ページ書いたの」


「目次じゃなくて、本文ですか」


「本文よ。目次は、また別にあるわ」


 書類の山の1つを開いた。炎の四天王の仕様書だった。1ページ目に全身が燃えている巨人の絵が描いてあった。2ページ目から50ページ目までは、燃え方の説明だった。


「……燃え方だけで、49ページあるんですね」


「炎部会は、燃え方にこだわりがあるのよ」


 ミカさんが4つの山の最後のページを順にめくった。見積もりの欄だった。


「炎の四天王、600単位。氷の四天王、600単位。雷の四天王、600単位。闇の四天王、600単位」


 ミカさんはそろばんをはじかなかった。はじくまでもなかった。


「合計、2400単位です」


「合同案件の予算は」


「2400単位です」


 大会議室が静まり返った。


「四天王で、予算を全部使い切ります。魔王本体の予算は、0単位になります」


 ミカさんは眼鏡を押し上げた。


「魔王の予算が、第七課と同じになります」


 窓際で課長がなぜか嬉しそうに頷いた。仲間ができた顔だった。


   *


 問題はもう1つあった。


「それで、どの四天王が、最弱なの?」


 ルシアさんが聞いた。4つの部会が一斉に顔を背けた。


「四天王には、最弱が要るのよ。下界の吟遊詩人の歌では、必ず最初に倒される四天王がいて、残りの3人がこう言うの。『奴は四天王の中でも最弱』」


「……それも、知ってます」


 前世のゲームにもあった。四天王の最初の1人は、倒されたあとに残りの3人から悪口を言われる。倒されるだけでも大変なのに、職場の評価まで下がるのだ。


「最弱は、どこの部会が担当するの?」


 誰も手を挙げなかった。炎部会は氷部会を見て、氷部会は雷部会を見て、雷部会は闇部会を見た。闇部会は床を見ていた。


「最弱部会を、新しく作りますか」


 若手が恐る恐る言った。


「作らないわ」


 ルシアさんが即答した。


「最弱を担当したい設計士なんて、第一課にいないもの」


 前世の会社にもこの手の会議はあった。「誰がこの赤字商品の担当になるか」。全員が床を見ていた。最後に担当になったのは、会議に遅れて入ってきた俺だった。


 今日は遅刻しなくてよかった。


   *


 昼前にミカさんが冒険者ギルドの図鑑の写しを持ってきた。


「下界で、図鑑の新しい版が出ました。魔王城の宿の、お土産売り場で売られているそうです」


「お土産売り場」


「ゴブリンが売っています」


 ゴブリンの事業は天界の部会よりも速く拡大していた。


 図鑑を開いた。


 【冒険者ギルド公認 魔物図鑑 第17版】

  特集:魔王軍四天王(北の果ての宿の、宿泊客への聞き取りによる)

  其の一 魅了のモフル(旧:森の宝石) 首を傾げて見上げ、見た者の戦意を奪う

  其の二 猛毒のアカマダラ(旧:森の赤い珍味) 全身に毒をまとう。ただし、焼くとおいしい

  其の三 灼熱のコタツバチ(旧:森の蒸し器) 群れで敵を蒸し上げる

  其の四 地底のカッコカリ(旧:沼の魚の大好物) かつて竜の仔と呼ばれた、地の底の者

  (編纂係注:いずれも、現在、目撃例なし。魔王の復活とともに、再び姿を現すと言われている)


「……全部、うちの魔物ですね」


 課の全員が図鑑を覗き込んだ。


「全部、絶滅しとるな」


 資材置き場の棚に並んでいる、俺の仕様書の綴りだった。70日、56日、49日、63日。4体とも、3か月もたなかった。


 その全員が四天王に出世していた。


「絶滅してから、出世しましたね」


「下界の噂は、いなくなった者には優しいんや」


 ヨルムさんが雲を吐いた。


「おらんから、盛っても誰も文句を言わん」


 宿の冒険者たちが暖かい部屋で夜通し昔話をした。森で見た変な魔物の話。首を傾げる毛玉。焼くとおいしい毒ガエル。蒸してくる蜂。竜の仔と言われたミミズ。暖炉のない部屋で語られるうちに、昔話は魔王軍になったらしい。


 リーナの帳面は今回も盛られていた。


「待ってください」


 ルシアさんが図鑑を指でなぞって、1か所で止めた。


「其の二の『焼くとおいしい』は、四天王の説明として、どうなの」


「事実です」


「事実でも、四天王の威厳が」


「串焼きが、ベルン村の名物です」


 ルシアさんは黙った。第一課の炎部会がなぜか悔しそうな顔をしていた。燃え方に49ページかけた自分たちより、焼かれた方が有名なのが悔しいらしかった。


   *


「この4体を、四天王にしましょう」


 俺は言った。大会議室の全員がこちらを見た。


「下界の人たちは、もう四天王を知っています。図鑑にも載っています。新しく600単位の四天王を作るより、下界が待っている四天王を出した方が、ワクワクすると思います」


「でも、絶滅してるのよ」


「再リリースはできないんですか」


 ミカさんが規程の本を開いた。ページをめくる手が途中で止まった。


「第350条。絶滅した魔物の再リリース」


 ミカさんが読み上げた。


「一度絶滅した魔物を再び下界に出すには、下界からの再登場の要望が、祈りとして100件以上届いていること」


「100件……」


 第七課の廃止騒ぎのころを思い出した。あのころ、第七課の魔物に「また会いたい」と祈った人は1人もいなかった。祈りの箱に入っていたのは、苦情だけだった。


「祈りの受付を、確認してきます」


 ミカさんが走っていった。


 20分後、ミカさんは段ボール箱を3つ抱えて戻ってきた。前が見えていなかったので、3回扉にぶつかった。


「……312件です」


 件名は全部『四天王』だった。


『女神様。宿で四天王の話を聞きました。モフルに会ってみたいです。首を傾げてほしいです』

『女神様。アカマダラの串焼きを、もう一度食べたいです。四天王とは知らずに食べていました。申し訳ありません。でも、おいしかったです』

『女神様。コタツバチに、蒸されてみたいです。北の宿は暖かいけど、蒸されるのはまた別だと聞きました』

『女神様。カッコカリがいなくなってから、沼の魚が釣れません』


 最後の1枚は四天王への要望なのか、釣果の相談なのか、判断に迷った。


「……会いたい、って書いてありますね」


 俺は祈りの束を持つ手が、少し震えていることに気づいた。


 苦情しか届かなかった魔物たちに、312件の「また会いたい」が届いていた。


 ヨルムさんが俺の肩をぽんと叩いた。何も言わなかった。言わなくても赤ペンで何か書かれるよりずっと効いた。


   *


 午後は再リリースの仕様書を書いた。


 第203条で自分の課の仕様書の流用に設計費はかからない。かかるのは実装費だけだった。ミカさんがそろばんをはじいた。今日のそろばんは3桁で足りた。


「4体合わせて、21単位です」


「炎の四天王1体の予算で、再リリースが28回できるわね」


 ルシアさんが呟いた。炎部会が静かに泣いていた。


 ただ、そのまま出せば、また同じ理由で絶滅する。モフルはまた捕まり、アカマダラはまた焼かれる。そこで、住む場所を変えることにした。


「全員、魔王城に住んでもらいます」


 仕様書(再リリース・共通の改訂)

  生息地:北の果ての魔王城の周辺(旧:ベルン村近郊の森)

  理由:魔王城は暖かい。コタツバチの寒さの弱点が消える

  理由:魔王城には宿の番をしているゴブリンがいる。子育て本能により、小さい生き物を放っておかない

  理由:魔王軍四天王に手を出すと、魔王が来ると下界で噂されている(噂は、放っておいても盛られる)


「噂まで、仕様に書くんやな」


「リーナさんが、勝手に盛ってくれるので」


「盛られるのを、設計に入れたんか」


 ヨルムさんは赤ペンを出した。


『字が汚い』


 その下にもう1行あった。


『二つ名で守られる魔物は、初めて見たわ』


 ヴァルナは、二つ名がついて狩られた。今度の4体は、二つ名で守られる。同じ二つ名でも、ついた場所が違えば意味が変わるらしかった。


   *


 再リリースの申請書を出す直前、課長が窓際から声をかけた。


「真壁くん」


「はい」


「1号が、いないね」


 課の全員が図鑑を見直した。


 其の一から其の四まで。モフル、アカマダラ、コタツバチ、カッコカリ。


 ミズヨロイがいなかった。


 第七課のリリース1号。俺が最初に設計した魔物。敵の匂いで鎧を作る、小さなミジンコ。沼の鎧職人。


「……四天王に、選ばれてないですね」


「小さすぎたんやろな。宿の冒険者の昔話に、ミジンコは出てこんわ」


 俺は資材置き場から、ミズヨロイの綴りを持ってきた。表紙の「設計者:真壁」の字は、今見てもひどかった。


「入れてあげましょう」


「四天王は、4人よ」


 ルシアさんが言った。


「5人いたら、それは五天王だわ」


「四天王の定員は、規程に書いてありますか」


 ミカさんが規程の本を最初から最後までめくった。


「……書いてありません」


「じゃあ、5人でもいいですね」


 大会議室が静まり返った。第一課の4つの部会が、顔を見合わせた。四天王が5人になるという発想は、第一課の文化にはなかったらしい。


 窓際で課長が、ゆっくりと立ち上がった。


「四天王が、5人」


 課長の目が輝いていた。


「前例が、ない」


「課長、それ言いたいだけですよね」


 ミカさんがそろばんをはじいた。


「ミズヨロイの分を足して、23単位です」


 5人目の四天王は、2単位だった。


 ミズヨロイの生息地は、魔王城の周りの堀にした。溶岩の堀はないが、ツカモリが土を掘り出した跡に雨水がたまって、城の周りが堀のようになっていた。敵の匂いで鎧を作る魔物が、城の堀を守る。四天王というより門番だったが、本人は気にしないはずだった。ミジンコなので。


   *


 夕方、5体を下界に出した。


 水鏡の中で魔王城の周りに懐かしい魔物たちが現れた。


 入口の前でモフルが首を傾げて冒険者を見上げていた。冒険者が首を傾げ返した。宿の入口が渋滞した。


 城の壁の暖かい隙間に、コタツバチが巣を作った。寒さに震えることはもうなかった。冒険者が近づくと、群れで取り囲んで蒸した。冒険者は「これが灼熱のコタツバチか……」と感激しながら汗を流していた。宿の新しい名物は蒸し風呂になった。


 城の裏の湿った土にカッコカリが潜った。ツカモリの巣の土を柔らかく耕し始めた。ツカモリの城が少しだけ住みやすくなった。


 アカマダラは宿の庭の毒虫の茂みに住みついた。宿の食堂の前には、ゴブリンが大きな札を立てていた。


『四天王は 食べないでください』


 その下に小さな札がもう1枚あった。


『串焼きは ベルン村で』


 ゴブリンは、どこまでも面倒見がよかった。


 堀の中では、ミズヨロイが冒険者の匂いを嗅いで、せっせと鎧を作っていた。鎧が間に合う前に冒険者は宿に入ってしまった。鎧は今回も間に合わなかった。ただ、今回は網ですくわれることもなかった。堀の水を網ですくう冒険者は、宿の規則で禁止されていた。


 宿の冒険者たちは夜通し四天王の話をした。


「コタツバチ、前に勇者に全滅させられたんだろう?」


「ああ。氷の魔法で一発だったって話だ」


「奴は四天王の中でも……」


 誰もが最後まで言わなかった。暖かい城の中でコタツバチの羽音がぶんぶん鳴っていた。聞かれたら、蒸されるからだった。


 四天王の最弱は決まらないまま守られていた。


   *


 その夜、北の宿に勇者レオンが泊まりに来た。


 入口でモフルが首を傾げた。勇者も首を傾げた。


 堀のミズヨロイが勇者の匂いを嗅いで鎧を作り始めた。勇者はしゃがんで、しばらく堀を覗いていた。


 蒸し風呂でコタツバチに囲まれた。勇者は目を閉じて、じっと蒸されていた。前は氷の魔法を撃った相手だった。今回は撃たなかった。


 宿の庭でアカマダラを見つけた。勇者は札を読んで、アカマダラをそっと茂みに戻した。


 下界に朝が来ると、神殿経由で祈りが届いた。字がとても大きかった。


『四天王 5人いた 全員 見逃し』


 もう1枚、同じ字の祈りがあった。


『蒸し風呂 よかった コタツバチ ごめん』


「……謝ってますね」


「前の全滅のことやな」


 ヨルムさんは祈りの紙を、しばらく黙って見ていた。


「あの勇者、ちゃんと覚えとったんやな」


   *


 夜、女神様の鳩が来た。


『四天王かわいい! 5人いるのもいい! 前例がないのがいい!』


 窓際で課長が胸を押さえて椅子に沈んだ。女神様に「前例がない」を褒められた。課長の長い天界生活で、たぶん一番幸せな瞬間だった。


 紙には続きがあった。


『で、魔王は?』


 大会議室が静まり返った。


 城ができた。四天王が5人そろった。宿は満室で、蒸し風呂は大人気で、串焼きはベルン村で食べられる。


 肝心の魔王だけがまだいなかった。


『あとね、魔王には第二形態もほしい! 倒されたと思ったら、変身するやつ!』


「……第二形態」


「第二形態や」


「魔王の第一形態も、まだ仕様書が3行なんですけど」


 第一課の席で4つの部会の設計士たちが、そっと顔を上げた。炎部会も氷部会も、雷部会も闇部会も、目が光っていた。


 四天王の300ページが、第二形態に転用できると気づいた顔だった。


 魔王の納品まで、あと5日と1時間42分。


 四天王は5人いた。


 魔王は、まだ0人だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。