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異世界の魔物、だいたい俺の設計ミスです ~天界の窓際部署に転生したら、予算0単位で魔王まで作らされた~  作者: 中原九尾
第3部:魔王発注編

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第22話 魔王城は住みやすく

 魔王の納品まで、あと29日。


 と、思っていた。


 朝、第七課の窓に女神様の鳩がとまっていた。この課の朝はだいたい鳩から始まる。


『言い忘れてた! 30日って、下界の30日ね!』


 課の全員が紙を見つめた。


「……下界の、30日」


「下界の時間は、天界の7倍の速さで進みます」


 ミカさんがそろばんをはじいた。はじき終えて、眼鏡を外して、眉間を押さえた。


「天界の時間に直すと、4日と6時間51分です」


「昨日の時点で、ですか」


「昨日の時点で、です。今日は、もう1日使いました」


 昨日、締め切りが30日に延びたと思って喜んだ。課長は「前例がない」とまで言った。あの喜びは、下界の時間で7日分だった。


 魔王の納品まで、あと3日と6時間51分。


 前世の会社にもこの手の締め切りはあった。「来月末まで」と言われて安心していたら、「営業日で」と言われた。あのときも、課で一番冷静な人が一番最初に床に座り込んだ。


 ミカさんが床に座り込んでいた。


   *


 第一課の大会議室では、目次がさらに増えていた。


「おはよう。お城の章、できたわよ」


 ルシアさんが机の上の目次を叩いた。ページ数の欄に120と書いてあった。


「……一晩で、38ページ増えたんですか」


「玉座部会が張り切ったの」


 目次の第2章を開いた。


 第2章 魔王城

  第1節 尖塔(最低7本)

  第2節 階段(最低1万段)

  第3節 溶岩の堀

  第4節 常に雷が鳴っている空

  第5節 雷が鳴りやんだ場合の、代わりの雷

  第6節 玉座(背もたれは高め)

  第7節 玉座の背もたれが高すぎて、魔王が見えなくなった場合の対応


「1万段の階段って、誰が上るんですか」


「勇者よ」


「勇者、上りきったら疲れて戦えませんよね」


「……階段部会に伝えておくわ」


 第一課の席の奥で階段部会の2人が青ざめた。部会はまた1つ、存在の危機を迎えていた。


 ヨルムさんは第2章を指でなぞって、第3節で止めた。


「溶岩の堀は、いくらかかるんや」


「800単位よ」


 第一課の経理が即答した。


 ミカさんが、ゆっくりと立ち上がった。昨日から鞄に入っている、特大の合議印を取り出した。


 ミカさんは合議印をしばらく見つめた。


 それから、鞄にしまった。


「押しません」


 大会議室が静まり返った。


「溶岩の堀は、魔物ではありません。第七課の合議印は、魔物以外には押せません」


「規程にそんな条文、あったかしら」


「今、決めました。第七課の、内規です」


 第一課の経理が言葉を失っていた。ミカさんの頬が少し赤かった。


「ミカさん、なんか楽しそうですね」


「……押さない、というのは」


 ミカさんは眼鏡を指で押し上げた。


「生まれて初めてです。今まで第七課は、押してもらう側でした」


 押す権利を持った人は、押さない権利も持っている。前世の会社で一番偉い人が一番楽しそうにしていたのは、たぶんこれだった。


   *


「そもそもの話ですが」


 俺はまた手を挙げた。昨日も同じことを言った気がする。


「魔物の設計局で、お城は作れるんですか」


 ミカさんが規程の本を開いた。


「当局で設計できるのは、生き物だけです。建物は、天界の営繕課の担当です」


「営繕課に頼んだら」


「営繕課の待ち行列は、今、3000年です」


「3000年」


「前の天界の門の修理が、まだ終わっていません」


 魔王が何代替わっても、城はまだ建っていない計算だった。


「なら、魔物に建てさせればええ」


 ヨルムさんが言った。


「下界の生き物は、自分で巣を作る。鳥は枝で、ハチは蝋で。巣を作る魔物を設計して、その巣が城になったら、魔物の設計や」


「巣を城に……」


 第一課の30人が首を23度傾げた。規程の抜け道を見つけたときの第七課の顔を、第一課はまだ知らなかった。


 城のように大きな巣を作る生き物。


 俺は前世のテレビを思い出していた。深夜のドキュメンタリーだった。アフリカの草原に人の背丈の何倍もある土の塔が立っていた。


「シロアリです」


「シロアリ?」


「小さな虫なんですけど、土と唾で、何mもある塔を作るんです。その中に、何百万匹も住んでいます」


「何百万匹……」


 玉座部会がメモを取った。尖塔の数が決まった瞬間だった。


   *


 シロアリの塚の話をすると、窓際で課長が顔を上げた。


「その塔の中は、息苦しくないのかい」


「え?」


「何百万匹も詰まっているんだろう。空気が、悪くなるだろう」


 課長は舟の模型を膝に乗せた。


「舟で一番困ったのは、においだった」


 課の全員が課長を見た。


「動物を、つがいで全部積んだからね。40日も閉めきった舟の中は、それはもう、ひどかった。窓は1つしかなかった。設計した人が、窓を1つしか描かなかったんだ」


「課長、その設計、どこの課ですか」


「……上の方だよ」


 課長は天井を見上げた。天界の天井より上に何があるのかは、聞かないことにした。


「ゾウとスカンクのつがいが、隣の部屋だったんだ。前例のない40日間だったよ」


 前例がないのは、スカンクの方だと思った。


 ただ、課長の言うことは的を射ていた。何百万匹が暮らす土の塔。中は暑くならないのか。息は詰まらないのか。


 俺はドキュメンタリーの続きを思い出した。


「塚の中は、ずっと同じ温度なんです。昼は涼しくて、夜は暖かい。塔のてっぺんが煙突になっていて、中の暖かい空気が上から抜けて、下の穴から新しい空気が入ってくる。巣全体が、息をしてるみたいなもので」


「……窓がなくても、空気が回るのかい」


「回ります。人間の建物で、それを真似したものもあるくらいです」


 課長はしばらく黙って、舟の模型の窓を指でなでた。


「……あのとき、それを知っていたらね」


 課長の目が少しだけ遠くを見ていた。スカンクのことを思い出しているのかもしれなかった。


   *


 昼過ぎに仕様書がまとまった。


 第一課の目次からは第2章の尖塔と玉座だけを残した。溶岩の堀は第七課の内規で消えた。常に鳴っている雷も雷部会の予算が足りずに消えた。1万段の階段は階段部会の説得で100段になった。


 仕様書(合同案)

  名称:ツカモリ

  外見:白くて小さな虫。群れで暮らす

  特徴:土と唾で、大きな巣を作る。巣には煙突の塔が何本も立ち、中はいつも同じ温度に保たれる

  巣の形:城っぽく(第一課・玉座部会の要望)

  尖塔:7本(煙突を兼ねる)

  玉座:巣の一番奥、女王の部屋の隣に、魔王用の広間を作る

  脅威:夜のうちに巣の通路を作り替え、侵入者を迷わせる

  魔素:1匹0.002単位。女王1匹と働き手1999匹で、ちょうど4単位


「4単位」


 第一課の経理が呟いた。


「お城が、4単位」


「溶岩の堀の、200分の1です」


 ミカさんが言った。特大の合議印を取り出して、今度は迷わず押した。どん、という音がした。机が少したわんだ。


「押すのも、楽しいですね」


 ミカさんは押す楽しさも覚えたようだった。


 脅威の欄は第88条のためだった。通路が毎晩変わる城。前世で遊んだゲームにもあった。入るたびに形が変わる迷宮。


「勇者が迷ったら、魔王にたどり着けなくなりませんか」


 ルシアさんが聞いた。


「迷うのは、1晩目だけです。2晩目からは、迷っても楽しくなります」


「どうして分かるの」


「前世の俺が、そうでした」


 ゲームの迷宮で3晩迷って、4晩目から地図を描き始めた。5晩目には、地図を描くのが楽しくなっていた。


 名称の欄を見て、ヨルムさんが赤ペンを出した。


『字が汚い』


 その下にもう1行。


『塚を守るで、ツカモリか。ええ名前や』


 第一課の角部会が手を挙げた。


「あの、角は」


「シロアリに、角はないです」


 角部会の3人が今日も少しだけ寂しそうな顔をした。


   *


 夕方、ツカモリを下界に出した。


 場所は北の果ての荒れ地にした。吟遊詩人の歌で魔王は北の果ての城に住むことになっていた。歌に合わせておけば、下界の人たちも迷わずにすむ。


 水鏡の中で白い小さな虫が、荒れ地の土を運び始めた。


 天界の1時間は下界の7時間だった。


 夕飯の弁当を食べ終えるころには、荒れ地に土の小山ができていた。


 弁当箱を洗って戻ると、小山は大きな塔になっていた。


 課長がお茶を2杯飲むあいだに、塔が7本になっていた。


「……城っぽいですね」


「城っぽいな」


 荒れ地の真ん中に7本の尖塔を持つ土の城が立っていた。尖塔の先から、かすかに湯気のような空気が昇っていた。城が息をしていた。


 第一課の玉座部会が水鏡の前で泣いていた。尖塔が7本、全部立ったのが嬉しかったらしい。


 課長が舟の模型を抱えて、城の湯気をじっと見ていた。


「……窓がなくても、ちゃんと息をしている」


 課長の声が少しだけ震えていた。


   *


 異変が起きたのは下界の時間で翌日だった。天界では、第七課が交代で水鏡の番をしていた夜更けだった。


 北の荒れ地に吹雪が来た。


 吹雪の中を冒険者の一行が歩いていた。剣士と、魔法使いと、荷物持ちの3人だった。道に迷って、凍えかけていた。


 一行は雪の向こうに7本の尖塔を見つけた。


「魔王城だ……」


 剣士が剣を抜いた。魔法使いが杖を構えた。荷物持ちが荷物を置いて逃げようとした。


 そのとき、城の入口から暖かい風が吹いてきた。


 3人は顔を見合わせた。


 吹雪の中で、暖かい風だった。


 3人は、城に入った。


 城の中は暖かかった。外は吹雪なのに春の昼間くらいの温度だった。空気は乾いていて、どこか土のいい匂いがした。


 剣士は剣をしまった。魔法使いは杖を枕にした。荷物持ちは荷物をほどいて寝床を作った。


 3人はその夜、魔王城でぐっすり眠った。


 翌朝、目を覚ますと、通路が変わっていた。入ってきた道がなくなっていた。


「迷った……」


 剣士が青ざめた。脅威が作動していた。


 3人は1日かけて、城の中をさまよった。さまよううちに、魔法使いが言った。


「……これ、ちょっと楽しくない?」


 2晩目だった。


   *


 冒険者たちは2日後に城から出てきた。地図を3枚描いていた。3枚とも違う地図だった。


 3人は近くの村へ下りて、酒場で城の話をした。


 その話を、眼鏡をかけた若い女性が聞いていた。


 リーナだった。


 帳面を開いて、目を輝かせていた。


「北の果てに、魔王城が……!」


 図鑑の編纂係の、新しい取材が始まった。


 翌日、北の荒れ地には、冒険者が20人来ていた。


 その次の日には50人来ていた。


 目当ては、魔王ではなかった。


 水鏡の中で城の入口に木の看板が立っていた。


『北の果ての宿』


『冬暖かく、夏涼しい』


『通路は毎晩変わります(迷路代は宿代に含む)』


「……誰が看板を立てたんですか」


「ゴブリンや」


 ヨルムさんが水鏡の端を指さした。城の入口でゴブリンが3匹、冒険者から宿代を受け取っていた。1匹は冒険者の子供を背中におぶっていた。


 村はずれで保育所を営むゴブリンの一団が、噂を聞いて北まで出張してきたらしい。子育て本能のゴブリンは、面倒を見る相手がいると放っておけない。冒険者は手のかかる大きな子供だった。


「ゴブリンに育休を足したの、俺ですよね」


「あんたやな」


「宿屋まで開くとは思ってませんでした」


「育休の次は、起業や。ゴブリンの人生設計、あんたより進んどるで」


 ゴブリンは冒険者の靴を干し、濡れたマントを暖炉の代わりの壁に掛けていた。城の壁はほんのり暖かかった。ツカモリの巣は乾燥室としても優秀だった。


 整理すると、こういうことだった。


 魔王城は、宿屋になっていた。冬は暖かくて夏は涼しい、居心地のいい宿屋だ。しかも通路が毎晩変わるので、泊まるたびに迷路で遊べる。


 前世の言葉で言えば、アトラクションつきのリゾートホテルである。


 魔王の住む城として作ったはずが、魔王より先に観光客が泊まっていた。


   *


 下界の神殿から、祈りが届いた。


 段ボール箱に1箱。件名は『魔王城』だった。


『女神様。北の魔王城、最高でした。また泊まりたいです』

『女神様。魔王城の迷路で迷ったおかげで、夫と10年ぶりにたくさん話しました』

『女神様。魔王城の玉座に座ると、願いが叶うと聞きました。座る順番が、3日待ちです』

『めがみさま。まおうじょうの、ゴブリンのおにいさんが、やさしかったです』


 最後の1枚はゴブリンのおにいさんなのか、ゴブリンのおねえさんなのか、判断に迷った。


「……ゴブリンの祈りの箱を、思い出しますね」


「前にもあったな。お客様の声」


 ヨルムさんがパイプの雲を吐いた。


「前は苦情やった。今回は、褒め言葉や」


「褒められてるのに、胃が痛いです」


 玉座に座ると願いが叶う。リーナの図鑑はまだ出ていないのに、噂はもう盛られていた。噂の方が、図鑑より足が速かった。


 ミカさんが祈りの束の一番下から、1枚を抜き出した。


「……これを」


 字がとても大きかった。


『城 暖かい 泊まった また来る』


 差出人は勇者レオンだった。


「勇者も泊まっとる」


「迷路は、どうだったんでしょうね」


 もう1枚、同じ字の祈りがあった。


『迷路 楽しい 地図 描いた 5枚』


 勇者は冒険者より2枚多く地図を描いていた。


   *


 次の日の夜、女神様の鳩が来た。


『お城見た! かわいい! 私も泊まりたい!』


 女神様は城を気に入ったようだった。


『あと、四天王もいるよね! 魔王といえば、四天王だよね!』


 大会議室の全員が紙を見つめた。


「……四天王」


「四天王や」


 第一課の席で誰かが「四天王部会」とメモを取った。ルシアさんが止めなかった。止める元気がもう残っていなかった。


 俺は水鏡の中の城を見た。


 尖塔が7本、夜空に向かって湯気を上げていた。入口からは明かりが漏れていた。ゴブリンが冒険者に夜食を配り、勇者の描いた地図が壁に貼られていた。


 入口の看板に新しい札がかかっていた。


『本日 満室』


「……魔王の部屋、残ってますかね」


「玉座は3日待ちや」


「魔王、自分の城に入れないじゃないですか」


「前例は」


 ヨルムさんが窓際を見た。課長はもう、目を輝かせていた。


「ない」


 魔王の納品まで、あと1日と18時間51分。


 魔王城は、満室だった。

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