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異世界の魔物、だいたい俺の設計ミスです ~天界の窓際部署に転生したら、予算0単位で魔王まで作らされた~  作者: 中原九尾
第3部:魔王発注編

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第21話 魔王の仕様は白紙

 魔王の納品まで、あと1日。


 予想どおりだった。


 朝、第七課の窓に女神様の鳩がとまっていた。筒の中の紙にはこう書いてあった。


『明後日って書いたけど、明日でいいよね!』


 「いいよね」と聞かれているが、返事の欄はなかった。


「……明日」


「明日や」


「昨日、たぶん明日になるって言いましたよね」


「言うたな」


「当たりましたね」


「当たっても、何ももらえへんで」


 ヨルムさんは雲のパイプをくわえたまま、窓の外の鳩を見ていた。鳩は返事を待たずに飛んでいった。女神様の鳩は、行きは急ぐが帰りも急ぐ。


 課長は礼服のまま机に突っ伏していた。昨日の観覧雲から帰ってきて、着替える前に力尽きたらしい。ミカさんはそろばんを抱いたまま、椅子の上で小さく丸まっていた。


 第七課の全員が昨日と同じ服だった。


 前世の会社でも納期の前日は全員が昨日と同じ服だった。違うのはここには替えの服を買いに行くコンビニがないことだけだった。


   *


 合同会議は第一課の大会議室で開かれた。


 扉を開けると、長い机に30人の設計士が並んでいた。全員の前に金の縁取りの名札が置いてある。


 第七課の席にも名札があった。


 段ボールだった。


「……気を遣ってくれたんですかね」


「第七課らしさを出してくれたんやろ」


 ヨルムさんは自分の名札を手に取った。『第七課 ヨルム様』と、きれいな字で書いてあった。俺の名札は『第七課 シラタマ様』だった。


「真壁です」


 誰に言ったわけでもなかった。女神様の決めたあだ名は、天界の公式記録になるらしい。


 議長席にルシアさんが座っていた。巻き髪は今日も完璧に巻かれていた。


「それでは、魔王案件、第1回合同会議を始めます」


 ルシアさんが言うと、第一課の30人が一斉に分厚い書類を机に置いた。どすん、という音が30回した。机が少したわんだ。


「第一課で、昨夜のうちに仕様書の叩き台を作りました」


「一晩で、ですか」


「目次だけよ」


 表紙には『魔王仕様書(案) 目次』と書いてあった。厚さは俺の段ボール箱の机と同じくらいあった。


「目次、何ページあるんですか」


「80ページ」


 目次の1ページ目を開いた。


 第1章 魔王の角

  第1節 本数

  第2節 曲がり具合

  第3節 左右の角の、仲の良さ

  第4節 角が天井に引っかかった場合の対応


「……角だけで、4節あるんですね」


「角部会が徹夜で作ったのよ」


 第一課の席の奥で角部会の3人が誇らしげに首を23度傾げた。


 第一課は昨夜のうちに、魔王部会を1つと、その下に部会を12個作っていた。角部会。マント部会。玉座部会。高笑い部会。登場の効果音部会。第2の効果音部会。高笑いと効果音が重なった場合の調整部会。


 部会を作るための部会も、ちゃんとあった。


「第七課は、何を持ってきたの?」


 ルシアさんが聞いた。課の全員が俺を見た。


 俺は1枚の紙を机に置いた。


 仕様書だった。


 白紙だった。


 大会議室が静まり返った。


「……第七課は、1枚で勝つんでしょう?」


「1枚です。ただ、まだ何も書いてないだけです」


「それは、1枚とは言わないわ。0枚よ」


 ルシアさんの言うことは正しかった。紙の枚数と、書いてある内容の量は別の話だった。


   *


「そもそもの話ですが」


 俺は手を挙げた。


「魔王って、何ですか」


 大会議室の全員が俺を見た。30人の首が23度傾いた。整体部会の添え木のおかげで、全員ちゃんと戻ってきた。


「女神様の注文は『魔王、作って』だけです。魔王が何をする魔物なのか、どこに住むのか、何体いるのか。何も言われていません」


「……たしかに」


 ルシアさんが目次をめくった。80ページのどこにも、魔王が何なのかは書いていなかった。角の本数から始まっていた。


 第一課の文化ではまず角から決めるらしい。


「女神様に聞いてみましょう」


 ミカさんが鳩の申請書を書いた。第七課の鳩の予算は0単位なので、第一課の鳩を借りた。借りるにも合議印が2つ要った。


 10分後、鳩が戻ってきた。


『魔王っぽいやつ!』


 課の全員が紙を見つめた。


「……魔王っぽい、とは」


 もう1羽飛ばした。


『見たら分かる!』


 もう1羽飛ばした。


『いい感じのやつ!』


 3羽目で鳩の予算が尽きた。


 前世の社長も同じだった。試作品を持っていくたびに「もっとこう、いい感じに」と言った。「いい感じ」の中身を聞くと、「見たら分かる」と言った。見せると「これじゃない」と言った。


 世界が変わっても偉い人の注文の出し方は変わらなかった。


   *


「魔王の前例を調べましょう」


 ルシアさんが言った。第一課の資料室には天界の全部署の前例をまとめた『前例集』があるという。全部で1万2千ページ。


 30人で手分けして、魔王の前例を探した。


 2時間後、結果が出た。


「……ありませんでした」


 前例集の索引に、「魔王」の項目はなかった。代わりに、一番ページ数の多い項目はこれだった。


  前例がない(第七課・ノア課長の発言) 計3万4千回


 前例集は、前例がないという前例で一番厚くなっていた。


 魔王の前例は1件もなかった。天界は今まで一度も魔王を作ったことがなかった。


 窓際の席で課長が、ゆっくりと立ち上がった。礼服のまま、舟の模型を抱えていた。


「前例が、ない」


 今までで一番、自信に満ちた「前例がない」だった。第一課の30人がなぜか拍手をした。


「課長、ここは第一課です」


「前例がないのは、どこの課でも同じだよ」


 課長はそのまま満足そうに座った。今日の課長の仕事はそれで終わったようだった。


「前例がないなら」


 ヨルムさんが雲のパイプを指でくるりと回した。


「下界の方を見た方が早い。下界の連中は、魔王を見たこともないのに、魔王の話は山ほど知っとる」


   *


 水鏡を王都の酒場に合わせた。


 ちょうど吟遊詩人がリュートを抱えて歌っていた。


『魔王は北の果ての城に住み』


『黒き角は天を突き』


『その高笑いは3つの山を越え』


『マントは夜より黒く、ひるがえるたびに国が1つ滅ぶ』


 第一課の席で角部会とマント部会と高笑い部会が、同時にメモを取り始めた。


「マントがひるがえるたびに、国が1つ滅ぶ……」


「マント部会、それは書かなくていいわ」


「でも、かっこいいです」


「国が滅んだら、下界の祈りが減るのよ」


 吟遊詩人は2番を歌い始めた。


『魔王は勇者に言った』


『我の仲間になれば、世界の半分をお前にやろう』


「……それ、知ってます」


 思わず口に出た。


 前世で遊んだゲームの魔王も、同じことを言っていた。魔王というのはどこの世界でも世界の半分をくれたがるものらしい。


「世界の半分」


 ミカさんがそろばんをはじく手を止めた。


「世界の半分の譲渡は、第213条に基づき、譲渡申請書と、世界の持ち主の合議印が必要です」


「世界の持ち主って」


「女神様です」


「絶対に押してくれませんね」


「押してくれたとしても、半分にする線の引き方で、部会が3つできます」


 第一課の席で誰かが部会の名前をメモしていた。


   *


「そもそも、なんで急に魔王なんやろな」


 ヨルムさんが言った。


「女神様の思いつきにしても、魔王はちょっと急や。空の次やったら、海か山やろ、普通」


 言われてみれば、そうだった。


 ミカさんがはっと顔を上げた。


「祈りの受付を、確認してきます」


 30分後、ミカさんは段ボール箱を1つ抱えて戻ってきた。昨夜のうちに下界の神殿から届いた祈りだった。


 一番上に封蝋つきの立派な手紙が入っていた。


『神々へ 王国より』

『勇者レオンの本年の討伐実績、0件』

『魔物を見逃した回数、14回』

『首を傾げた回数、数えきれず』

『勇者に払う給金について、見直しを検討中』

『勇者制度そのものの廃止も、検討中』


「……勇者、廃止されかけてますね」


 下に続く祈りもほとんどが勇者のことだった。


『勇者様が、毎日うちの村の子供と遊んでいます。助かりますが、勇者様のお仕事が心配です』

『勇者様に倒される相手をください』

『勇者様が、かわいい魔物を見るたびに日記をつけています。日記の量が増えています』

『勇者様が、しょんぼりしています』


 最後の1枚は、字がとても大きかった。


『倒す相手 いない 暇』


 差出人は勇者レオン本人だった。


 大会議室が静まり返った。


「討伐記録と、同じ文体ですね」


「勇者本人が、祈っとる」


 ルシアさんが祈りの束をめくりながら、小さく言った。


「女神様は、これを読んだのね。それで『魔王』」


 勇者に倒される相手。勇者の仕事。それが魔王の正体だった。


 俺は、勇者が見逃した魔物を指を折って数えた。


 モフル。首を傾げられて、見逃した。


 アカマダラ。串焼きになって、見逃すまでもなかった。


 シラタマ。守った。


 ソラヌイ。枝に戻した。


 ヴァルナ・改。首を傾げ合って、見逃した。


 指が足りなくなる前に、気づいた。


 勇者から仕事を奪ったのは、だいたい俺の設計した魔物だった。


「……勇者が無職になりかけてるの、うちのせいですね」


「うちの課のせいやな」


「第一課の竜も、見逃されたわ」


 ルシアさんも小さく手を挙げた。勇者対策部会の3人が、気まずそうに首を傾げた。


 課長は窓際で寝ていた。


   *


「魔王の条件を、整理しましょう」


 ミカさんが規程の本を開いた。


「第1に、勇者に倒されること。これが女神様の注文の目的です」


「はい」


「第2に、魔王も魔物です。第412条の生存査定が適用されます」


 ミカさんはページを指でなぞった。


「生存とは、下界において種として繁殖を継続していること」


 大会議室が再び静まり返った。


「……倒されたら、終わりですよね」


「終わりです。査定は、最下位です」


「倒されないと、勇者の仕事になりません」


「なりません」


「倒されると、生存査定に落ちる」


「落ちます」


 勇者に倒されないといけない。でも、いなくなってはいけない。


 倒されるのに、絶滅しない魔王。


 注文そのものが矛盾していた。


 前世の会社にもあった。「絶対に失敗しない新商品を、今までにないくらい攻めた味で」。あのとき俺は、胃薬の味がする炭酸飲料を作った。商品にはならなかったが、社内の胃薬は減った。


「魔王を2体、作ったらどうかしら」


 ルシアさんが言った。


「1体が倒されても、もう1体が残るわ」


「魔王が2体いたら、それはもう魔王やなくて魔王たちや」


 ヨルムさんが言った。


「魔王たちに、勇者1人。勇者の方が、かわいそうになるで」


「なら、つがいにして繁殖させれば」


「魔王のつがい……」


 第一課の席で誰かが小さく「魔王の育休」とメモした。ゴブリンの仕様書の悪夢がよみがえった。魔王が育休を取ったら、そのあいだ勇者はまた暇になる。


「魔王の繁殖について、部会を作りましょう」


 第一課の若手が手を挙げた。


「却下よ」


 ルシアさんが即答した。部会が1つ、生まれる前に消えた。


   *


 夕方になっても仕様書は白紙のままだった。


 第一課の目次は81ページに増えていた。角の節が1つ増えたのだった。『第5節 角が勇者に当たった場合の、謝り方』。勇者のことを考え始めた証拠ではあった。


 ミカさんは第一課の経理から予算の書類を受け取っていた。合同案件の、合算の予算だった。


 ミカさんは書類を見つめたまま動かなくなった。


「ミカさん?」


「……桁が」


「桁?」


「桁が、4つあります」


 ミカさんは数字を指でなぞった。2400単位だった。第七課の今年度の予算の、480倍だった。


「私、4桁の数字を、そろばんではじいたことがありません」


「ミカさんのそろばん、何桁まであるんですか」


「3桁です」


 第七課のそろばんは第七課の予算に合わせて作られていた。


 ミカさんは自分の鞄から印鑑を取り出した。第七課の合議印だった。


「この予算を使うたびに、第七課の印が要ります」


 ミカさんは印鑑を両手で包むように持った。


「私、今、生まれて初めて、この印鑑が重いです」


 目が潤んでいた。印鑑はたぶん物理的にも重かった。第一課の印鑑部会が昨夜のうちに作り直して届けた、合同案件用の特大サイズだった。


   *


 日が暮れる前に仕様書を出さなければならなかった。


 納品は明日。明日のうちに魔王を下界に出すなら、今日中に仕様書を女神様に出す必要がある。


 第一課の30人は目次を見ていた。第七課の4人は白紙を見ていた。見ているものは違ったが、困っている顔は同じだった。


「新人」


 ヨルムさんが俺の白紙を指で叩いた。


「1枚で勝つんやろ。書けることだけ、書いてみ」


「書けることだけ……」


 俺はペンを握った。


 魔王が何なのかはまだ分からない。角の本数もマントの黒さも、高笑いの音量も分からない。


 分かっていることは1つだけだった。


 俺は白紙の真ん中に3行だけ書いた。


 魔王仕様書(第七課案)

  目的:勇者に、倒されること

  条件:倒されても、いなくならないこと

  その他:未定


 ヨルムさんが赤ペンを取り出した。


 1行目の横に何か書いた。


『字が汚い』


 2行目の横にも何か書いた。


『これや』


 ルシアさんが俺の紙を覗き込んだ。目次の81ページと、俺の3行を見比べて、しばらく黙っていた。


「……第一課の目次にも、ないわね。この2行」


「角の本数から始まってましたからね」


 ルシアさんは自分の目次の1ページ目を開いた。『第1章 魔王の角』の上に、細い字で1行書き足した。


 第0章 目的:勇者に、倒されること


「角は、そのあとね」


 角部会の3人が少しだけ寂しそうな顔をした。


   *


 目次と白紙が1枚ずつ、女神様の鳩に乗った。


 夜になって、返事の鳩が来た。


 筒の中の紙には女神様の丸い字でこう書いてあった。


『倒されても、いなくならない魔王! いいね! ワクワクする!』


 課の全員がほっと息を吐いた。


 紙には続きがあった。


『じゃあ、締め切り延ばしてあげる! 30日!』


 大会議室がどよめいた。締め切りが延びた。女神様の締め切りが、初めて延びた。課長が礼服のまま飛び起きた。


「前例が、ない……!」


 今日2回目の、自信に満ちた「前例がない」だった。


 ミカさんは紙を最後まで読んで、そっと裏返した。裏にも字が書いてあった。


『そのかわり、お城もほしい! 魔王といえば、お城だよね!』


 大会議室が静まり返った。


 前世で学んだことが1つある。


 締め切りが延びるのは、仕様が増えるときだけだ。


「……お城」


「お城や」


「魔物の設計局で、お城って作れるんですか」


「作ったことは、ない」


 ヨルムさんが窓際を見た。課長はもう口を開きかけていた。


「前例が」


「分かってます」


 第一課の席では、玉座部会がすでに『第2章 魔王城』を目次に書き足し始めていた。目次は82ページになった。


 魔王の納品まで、あと30日。


 仕様書は3行と82ページ。


 どちらにも、まだ魔王の顔は描かれていなかった。

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