第89話 初めての船旅
「本当に申し訳ない」
セトに向かってマグナは頭を下げた。
ファーゴ大司教との話が終わり、セトたちは教会を出ようとした。
入り口の大きな扉を開けようと手をかけたとき、セトたちの後ろにいたマグナが謝罪とともに頭を下げたのだ。
「え?」
いきなりのことでセトには訳がわからない。
付き従うハーレイもソルダも、なぜマグナが謝罪するのかわからなかった。
「坊っちゃんをお守りし、その才を広げるためと思ったのです。養成院の編入から今に至るまでの出来事を予見できずに、申し訳ありません」
予見などできるはずがない。
それは魔法をもってしてもできないことだ。
「マグナさん。その謝罪は受け取れません。あなたは悪くない」
セトがそう声をかけてもマグナは頭を上げない。
「どうしてあなたがそこまで俺を大切にしてくれるのか、それは俺にはわかりません。でも有難いと思っています」
マグナは頭を下げたまま答えた。
「マール様と私は同郷でした。私が初めて教会の門を叩いたとき、教会に迎え入れていただいたのがマール様でした。小さな教会でしたが、時に母のように、時に師のように接して頂いたのです。まだ私はその恩を返していないのです」
セトはどう答えていいのかわからない。
年長者としてマグナはとても頼りになる。
その人物が自分に向けて頭を下げている。
居心地は良くない。
「マール様は祭壇の巫女として役目に就くことになり、その教会を去りました。私は武官として教会内で立場を得ました。祭壇の巫女は、役目として与えられた祭壇から離れらないのです。やっと、やっと御恩をお返しできると……申し訳ございません」
祭壇の巫女。
今ストラス山の巫女はマールから代替わりしたアメリアだ。
アメリアもその場を動くことはできない。
「マグナさん。俺はあなたを頼りにしています。頭を上げてください」
セトは腰を落としてマグナの肩に手を添える。
「俺はあなたに助けられた。これからも頼りにしています」
マグナの肩が震える。
「俺は祭壇についてストラス山しか知りません。へネスにある祭壇というのも行ってみようと思います。明日にでも、案内をお願いできますか?」
「承知しました………坊っちゃん」
マグナは震える声で答えた。
翌日、四人はへネス教国の西の海に浮かぶ島に向かうため、エスクアの港に来ていた。
広い港には大きな船が何隻か停泊していた。
「ここから船に乗り、島を二つ経由した先の小島に祭壇があります。船は用意できております」
教会が用意したのだろうか?
停泊している中でも、中型クラスほどの大きさの船に案内された。
「さぁ、参りましょう」
船に乗り込むと、すぐに出航した。
エスクアの街が、少しずつ遠ざかっていく。
セトは甲板から海を眺めていた。
「西の島ということは、かなり遠いんですか?」
「それほどではありません。途中の島までは半日ほどです。そこから祭壇のある島へ向かいます」
「そうですか」
セトは海の向こうを見る。
祭壇。
ストラス山で見たものと、同じものなのだろうか。
そして、そこには本当に巫女がいるのだろうか。
「坊っちゃん、船は初めてですか?」
海を眺めていたセトにマグナが話しかける。
「はい」
「では、船酔いにはお気をつけください」
「船酔い?」
「……ご存じありませんでしたか」
「いえ、話には聞いたことがありますが、体験としては……」
ハーレイが嫌な顔をする。
「知らないなら、今のうちに言っておきます。吐きたくなったら海に向かって吐いてくださいよ」
「そんなに酷いのか?」
「人によります」
ソルダは何も言わず、海を見ていた。
案の定、セトは船酔いした。
途中立ち寄った小島で吐き、船の上で吐き、西の島についた頃には、胃の中に吐くものは残っていなかった。
「あーあ、もうしっかりしてくださいよ」
ハーレイが面倒そうにセトの介抱をしている。
「仕方ありませんね。祭壇に向かう前に休みましょう」
朝に出発して昼過ぎ。
セトの船酔いの回復を待つため、接岸して上陸して休憩することになった。
「司教様!自分はソルダを連れて食糧を確保して参ります!」
ハーレイはマグナに敬礼し、マグナと介抱役を交代した。
そしてソルダとともに魚釣りに出かけた。
結局セトがまともに動けるようになったのは、日が落ちかけた頃だった。
「お前!ズルしただろう!?」
「釣りでズルってなんだ?」
「なんかしただろ!?」
「してねぇ!」
遠くでハーレイとソルダの声が聞こえる。
釣った魚の量を競っていたようだが、空腹のセトにはそんなことはどうでもよかった。




