第86話 真実という名の嘘
翌日、教会内の大礼拝堂。
セト、ソルダの洗礼の儀式が行われた。
大礼拝堂の奥の講壇に司祭がおり、そこから真っ直ぐ入り口まで引かれた絨毯を歩いて進む。
両側に10人ほどが座れる長い木製の椅子。
司祭の前に立ったセト、その後ろに控えるソルダ。
司祭は講壇の奥の聖壇に祈りを捧げている。
雰囲気は厳か。
喋り声はなく、司祭の祈りの声だけが響いている。
セトの方に向いた司祭が、セトに対して問う。
「そなたは、原初の命より与えられた命を受け入れ、その命に感謝し、生きることを誓いますか?」
「はい」
セトの答えに迷いはなかった。
後ろ盾のため。
それだけだった。
ソルダにも同じように問い、同じ答えを返していた。
司祭はセトとソルダの頭に、指先につけた水を三滴落とした。
「原初の命より分かれたし命よ。そなたの罪は魔を祓いし、赦柱のカスティアにより、その身から祓われる。その罪は地を鎮めし、地柱のメイビスにより、その地より清められる。その罪は海を鎮めし、海柱のフィリスにより清められる。そしてそなたは天を支える天柱のピアネの柱を昇り、原初の命に還るのだ」
かなり難しいことを言っている。
だが、この祈りの中に四英雄全ての名前が入っている。
「その命に感謝し、原初の命に還ることを忘れるな」
そのあとも祈りは続く。
だが、セトは四英雄が気になって仕方がない。
故郷ウォルカを壊滅させた従者、予言のアシュレイ。
そしてアシュレイと共に封印されていた四英雄。
彼らはもう既に復讐のために帰還している。
(違和感しかないな)
洗礼の儀式を終えたセトとソルダは大礼拝堂を出る。
そこにはハーレイとマグナが待っていた。
「坊っちゃん、これから大切なお話があります。こちらへ」
マグナは、それだけ言うと、昨日入った扉に向かう。
セトたちもその後ろについていく。
扉を開け、昨日と同じように階段を登る。
「今からお引き合わせするのは、枢機卿になります」
それだけ言うと、マグナは口を噤んで話さなくなった。
(枢機卿ってなんだ?どれくらい偉い人なのかわからない)
昨日の部屋よりも一つ上の階。
そこにある部屋に通された。
昨日入った部屋よりも荘厳で広い部屋だった。
「司教マグナ・カーンでございます。セト・ウォルカ殿並びに従者二名をお連れ致しました」
マグナは部屋に入ると、そのように言って部屋の入り口に控える。
「ご苦労。セト・ウォルカと従者たち、こちらへ」
部屋の奥にいる人物から声がかかる。
静まり、足音のよく響く部屋。
セトとハーレイ、ソルダの三人はその人物の前に歩み出た。
「洗礼は済ませたな?私はオルガ・グラヴィコン。枢機卿という役に就いている」
セトは昨日マグナがしたように跪いた。
「セト・ウォルカ、そのままでいい。聞きなさい。洗礼の儀式、違和感があっただろう?」
「はい」
「そうだろう。だが、あれが今の秩序の根幹だ」
「と、いいますと?」
「四英雄とは英雄なのだ。そしてその秩序の上に、人々は生活しておる」
「…………」
「英雄の神話の真相は知っているな?」
「はい」
オルガ枢機卿は一拍置いた。
そして息を吸い込む。
「英雄は英雄でなければならん。真相は胸のうちに収めよ」
「話すな、ということでよろしいですか?」
「そうだ。嘘であることが秩序の土台なのだ。努々、忘れるな」
これが枢機卿の話か。
社会秩序の維持のため、嘘を嘘と暴露するな。
そういうことだ。
「だが、四英雄の帰還は我らとしても不本意だ。そのためにお前に四英雄及びその従者の討伐の密命を下す」
「お断りは?」
「できんよ。お前の姉、アメリア・ウォルカは祭壇の巫女だ。お前は受ける」
姉さんは唯一の家族だ。
ウォルカの姓をくれた家族。
………人質か。
「………謹んで、お受け致します」
オルガ枢機卿がニヤリと笑う。
その顔は、頭を下げたままの三人には見えない。
だが、マグナには見えていた。
(やはり、こうなったか……)
「よろしい。では、セト・ウォルカ、本来ならあり得ぬことだが、お前には助祭の位を授ける。これは武官として密命のために働くお前だからこその特例だ」
そしてハーレイは副助祭、ソルダは侍祭の位が与えられた。
「では、頼んだぞ」
セトは納得していない。
なにか、大きな渦に巻き込まれた。
そんな気分だった。




