第84話 到着の報告
教会の高い扉を開き、中に足を踏み入れる。
そこは、広かった。
ロビーと呼ぶには広すぎる。
ホールと呼ぶには、あまりにも荘厳だった。
ステンドグラスから入る光は、床を綺羅びやかに照らしている。
天井は高く、地上三階分ほどの高さはありそうだ。
(だだっ広い)
セトはそこに並べられた調度品や彫刻、壁の絵画などに見とれていた。
(すげぇな)
ミケランジェロなど、山崎の記憶にある芸術作品とは少し趣が違うように思った。
それでも、素人目にも一級品だとわかる。
(いくらするんだ?これ全部で)
セトは、思わず足を止めた。
「坊っちゃん、こちらです」
いつの間にかかなり前方にいるマグナから声がかかる。
マグナが右手で示したのは奥にある扉。
「ここから上へ案内します」
上?
洗礼とは礼拝堂のようなところでやるのではないのだろうか?
上に礼拝堂があるのか?
「今から洗礼ですか?」
「いえ、洗礼は明日の朝になります。今から向かうのは、坊っちゃんがこちらに到着したという報告です」
報告?
そんな大事なのだろうか?
「俺は、別にそこまで──」
「坊っちゃん。よく聞いてください。坊っちゃんは、ご自身で思うより、遥かに重要な人物なんですよ」
どういうことだろうか?
状況が理解できない。
「どうぞ」
ギィ、と音を立てて開かれた扉の中、階段を上がり、廊下を進む。
カツカツカツという足音が響く。
「こちらに、大司教様がおられます」
案内された扉の前。
大司教。
なんとなく偉そうという印象のある役職だ。
「入りますね。緊張はするでしょうが、なにか聞かれたら正直に話せば問題ないですよ」
そして扉が開き、中に入る。
広さは学校の教室ほど。
明かりは採光の窓と、壁にある灯火。
奥の数段上がった場所に一人の人物が立っていた。
逆光で顔はよく見えない。
その人物の前で、マグナが跪く。
セトの後ろで、ハーレイが跪くと、真似るようにソルダも跪いた。
「司教マグナ・カーン。ただいま御内意を果たし、復命しました。後ろにおりますのが、セト・ウォルカ殿にございます」
壇上にいた人物が一歩、二歩と進み出る。
顔はうっすらとだが見えるようになった。
「ご苦労。下がり、控えていなさい」
その人物から声をかけられたマグナは、後ろにいるセトよりも、一歩分後ろに下がって跪いた。
「セト・ウォルカ。こちらへ」
段の上から、その人物はセトに前に来るように言う。
手を広げて指し示したのは、先ほどマグナが跪いた場所よりも、もっとその人物に近い場所だった。
「遠慮せず、こちらへ来なさい」
訳がわからず、突っ立っていたセトに対し、再度声がかかる。
この四年間の養成院生活で、ある程度上下関係を学んだセトは、明らかに萎縮していた。
かつて国王裁判でマクレラン国王に対して直答していた頃なら、もっと気軽に話していただろう。
今のセトは、相手がどれほど上の立場なのかを理解している。
「………はい」
その返事をやっと絞り出して前に進み、跪こうとする。
「跪かずとも良い。そなたはいいのだ」
もはや自分という人間の立ち位置すらわからなくなったセトは、混乱というより、思考を放棄した。
「よくぞ参られた、セト・ウォルカ。まずは名乗ろうか。大司教のファーゴ・ドゥルシアーテという。北の祭壇五基を管轄しておる者だ」
しゃがれているがよく通る声だ。
「ストラス山の祭壇の守りは君の姉、アメリア・ウォルカに託された。君は先代の巫女マールより、英雄たちに立ち向かう運命を託された」
セトの喉がゴクリと鳴る。
「サファン・クロネの件はこちらからも謝罪する。まさか従者キセムが化けた姿だとは、こちらでも確認できていなかったのだ。許してほしい」
「いえ、キセムは……私の従者として葬りました。むしろ、本物のサファン・クロネに対することの方が重要かと」
その言葉にファーゴ大司教は表情を変えずに答える。
「本物のサファン・クロネの親族などには教会から手当てをしておる。英雄に絡む件は大事にはできないのだ」
大事にはできない……
どういうことだ?
「詳細は明日洗礼の後に話すことになる。明日は洗礼に臨んでもらうが、堅くならずとも良い。肩書、というか後ろ盾を得るために来たのだろう?その程度だと思っておれ」
見透かされていた。
そう思った。
「いい。その程度のものだ。今日は私がお前の顔を見るために、ここまで来てもらっただけだ。何、気にすることはない。今日はゆっくり休め」
その言葉を最後にセトたちは部屋をあとにし、宿で夜を過ごした。




