第81話 へネス入国
森に入って三日目。
空腹の限界を迎えた。
彼らの腹の虫は鳴り止まない。
前日の猪との戦闘で体力も削られた。
「一刻も早く抜ける。森を抜けることに注力する」
それだけが目標だった。
戦闘にならないよう注意しながら整地して進む。
雨は断続的に降り、時折道は泥濘むが、それでも止まらない。
四日目。
空腹は限界を突破した。
あらゆる物が美味しそうに見えだした。
「キノコだけはやめろ」
セトからの注意はそれだけだ。
セトも空腹なのだ。
彼らは、草を煮出してみたり、虫を食べてみたり、動物や魔物を刺激しないように注意しながら食糧を得た。
その日の夜半、セトとソルダは腹を下した。
食事の時間がズレたハーレイは、翌日の朝に腹を下した。
五日目。
腹痛と下痢によって寝ることに支障が出た彼らの体力は尽きかけていた。
止まない下痢は、やがて固形から液体へとかわり、体の電解質が抜けていく。
水分補給をしようにも、川の水を濾す労力も惜しい。
どうせ既に体調など悪いのだ。
そのまま川に口をつけて飲み、ひたすら前へと進んだ。
そして森を抜ける。
木々が薄くなり、平原が見える。
「おい!森を抜けるぞ!」
ソルダが叫んだ。
11歳という体がまだ出来上がっていないセトの体力は、体を起こすに至らない。
横になりながら、必要な時だけ体を起こしていた。
森を抜けるのなら、体を起こす必要はない。
寝ていても馬車は進む。
そんなセトの容体を見て、寝ずに看病をしていたハーレイは、ソルダに指示を出す。
「坊っちゃんが限界だ!街はないか!?」
「まだ見えない!」
「街道は!?」
「見えない!」
森を抜けただけで、そこに街や街道があるとは限らない。
とりあえず山を背にして、感覚的にまっすぐ南と思われる方向に進む。
「待て!」
かなり遠くの方から、何人かの兵士たちがこちらに向かってくる。
「ハーレイ!あれは!?」
ソルダは兵士たちを指差しながら、ハーレイに聞いた。
「わからん!へネスの兵だろうが、なんでこんなとこにいる?」
ハーレイにも彼らがここにいる事情がわからない。
「停めるか?」
「だが、坊っちゃんが……」
「じゃ、進むか?」
「そうなると要らん疑いをかけられる……」
二人は悩んだ末に馬車を停めた。
「お前たち!どこから来た!」
「マクレラン王国から」
「街道からではないな?」
「森のほうが早そうだったから、森を抜けて……」
「そっちの子どもは?」
「坊っちゃんが主、俺らは従者。それより、全員体調悪いんだ。早くしてくれ」
そう言って、ハーレイは腹痛と下痢を必死に我慢する。
目の下の隈、ボサボサの髪、服についた泥、あらゆる見た目が怪し気に見えた。
「今は四柱派三カ国の関係悪化で入国する者を確認している。お前たちをこのまま通すわけにはいかん」
兵士たちは、セトら三人を国境の詰め所に連れて行く。
途中でトイレ(草むら)に寄りながら、えっちらおっちらと。
詰め所に着いた彼らには、まず食事が与えられた。
そして治癒師がつき、彼らの体調のうち、腹痛と下痢は治療された。
「それで?なんで今の時期にマクレラン王国から、こちらにやってきた?」
詰め所にて行われた取り調べ。
それによって三人のうち、セトとハーレイの身分は確認された。
セトはマクレラン王国の予備兵。
教会からの推薦で入学したため、その卒業の挨拶などに向かうということを建前とした。
ハーレイはそもそも教会の所属だ。
セトの護衛として付き従っていたというのが、身分の確認によってはっきりした。
問題はソルダだ。
彼はオブリオン所属の脱走兵。
それを連れていることが、罪になる。
「ウォルカ、お前はあいつを教会に入れる予定なのか?」
「はい。教会に所属させて俺の従者にします」
「だから、ここで見逃せと?」
「お願いできませんか?」
できない。
ただでさえ、今国家間で関係が悪化している。
小さなことでも、大きな話にできなくはない。
「やめておけ」
それが兵士の回答だった。
だが、セトは違った。
取り調べが終わったあと、彼は兵士に話しかけた。
「マグナ・カーンさんを呼んでいただけませんか?」
マグナ・カーン。
かつて、セトをウォルカから王都マクレランまでの護衛した人物だ。
「カーン様?カーン司教か?知り合いか?」
「はい。いつかお訪ねすると約束しております」
マグナの教会における役職は、形式的には司教だ。
大司教からの指示を直接受ける立場として、その役職が与えられている。
ここにいる兵士らとは違い、教会内部の立場を持つ。
「一度確認はするが、お前たちみたいな浮浪者まがいと知り合いとは思えんな」
兵士はそういうと、セトらが押し込められた牢をあとにした。




