第8話 父の魔法
林の外で襲われていたのは、ケメルの言う通りラキストとその父のラマクだった。
彼らは狩りのために林に入り、魔物に追われていた。
用心棒として、付き添ったのは、セトの父、ゼラム。
「ケメルさん、ありがとう。助かった」
ゼラムはそう言ってケメルに頭を下げた。
「いや、いいんだよ。それにしても、アンタの息子。ありゃ賢いねぇ。有望だよ?」
「いやいや、夜更かし癖のある寝坊助ですよ」
「子どもなんてだいたいなんか面倒な癖があるもんさ」
息子を褒められたゼラムは、恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ただね、魔法の使い方は、早めに教えたほうがいい。間違いを起こしてからじゃ遅いよ」
それまでと違い、真剣にゼラムを見つめるケメルの目に、ゼラムは少し寂しそうに答えた。
「そうなんですけどね、うちは……ほら、俺がハクスラ人ですし、妻も………」
「うちへ寄越しなさい。昼間に少しずつ教える」
ハクスラ人──
ウォルカ村から遥か西にある、魔素の薄い土地の人々。
魔素の乏しい環境に適応した彼らは、体内に取り込んだ魔素を身体強化に使うことに特化している。
その代わり、外部の魔素を利用する魔法はほとんど使えない。
「ありがたいんですがね、まだ早くないですか?」
「そうは言ってもねぇ。あの子は、才能というか、普通ではないよ?」
向こうの方でセトはラキストと魔物を観ながら何か話している。
ラマクが子どもたちを監督していた。
「魔法……ですか?」
「そうだよ。生活魔法ですら、エーコはままならないだろう?」
「ええ、まぁ………そうですね」
「あの子は魔素の扱いが苦手」
「ええ。昔からです」
「身体のほうに問題があるのかい?」
「……そう聞いてます」
エーコには疾患がある。
魔素を取り込み、毒素を濾す臓器がうまく機能していない。
そのため、魔法を使うことがうまくない。
「そういえばさ、アンタがいたのに、どうしてあんなに手こずったのさ?あの程度ちょちょいのちょいだろ?」
「獣人がいましてね……2人」
「………まさか。本当かい?」
「はい。狼の獣人でした」
「狼?山2つも3つも超えた先にしかいないはずだよ?」
「事情はわかりませんが………」
「それで?どうしたのさ?」
「1人は何とか駆除しました。もう1人は逃げられました」
その時、林が揺れた。
ダンッ!!
林の出口の辺りで土が爆ぜる。
高速で移動する何かが、セトとラキストの方向に突っ込んで来た。
「「え?」」
気がついたときには、振り返ったセトの目の前にはゼラムの背中があった。
(父さん……?)
いつも見ている背中。
けれど、今は妙に大きく見えた。
そして、背中越しに見えたのは、二足歩行の狼。
「下がれ!」
ゼラムが叫んだ。
獣人が唸り声を上げ、地面を蹴る。
ゼラムも同時に踏み込んだ。
ドンッ!
二つの影がぶつかる。
爪と拳が交差した。
「父さん……?」
セトには何が起きているのか分からなかった。
というか、見えなかった。
ただ、さっきケメルから聞いた言葉を思い出す。
──魔素は願いを叶える。
ゼラムの身体が、いつもより明らかに大きい。
(父さんの身体が大きくなった?)
狼の爪で腕が裂けるが、肥大した筋肉がそれを無理矢理閉じてしまう。
そしてその腕で何事もなかったかのように、人型の狼を殴りつける。
殴るために踏み込んだ地面は沈み、割れる。
(筋肉が増えてる………あんなに一瞬で?)
一瞬一瞬の動きが早く、目で追うのがやっとの早さ。
普通なら避けられないような、狼の速度で繰り出される攻撃を避け、時に受けながら、人型の狼に攻撃を加えていく。
ゼラムの拳が獣人の頬を捉えた。
獣人の身体が横へ吹き飛ぶ。
だが、倒れない。
四本の爪を地面に突き立て、獣人は身体を起こした。
「……まだやるか」
ゼラムが構え直す。
人型の狼が唸った。
次の瞬間、人型の狼の足元が抉れ、姿が消える。
「──速い!」
セトにはそう見えた。
ゼラムの身体が僅かに沈む。
次の瞬間、ゼラムの拳が獣人の頭を捉えていた。
ドッ、と鈍い音が響く。
獣人の身体が地面を転がり、そのまま動かなくなった。
「……え?」
セトには、何が起きたのか分からなかった。
「父さん!」
セトが駆け寄る。
ゼラムの脇腹から血が流れていた。
「ケガしてる!」
「大丈夫だろ。こうしたら、な!」
「痛くないの?」
「痛いさ。痛いけど、動けるなら問題ない」
肥大した筋肉が傷口を押し潰し、血が止まっていく。
「父さん、それ……どうやったの?」
「ん?ああ、これが俺の魔法だよ」
セトはそんな父が誇らしかった。
魔法がすごいからではない。
自分を守ってくれたからでもない。
ただ、父さんが強いことが、嬉しかった。




