第77話 二人の約束
第四学生が卒業する。
それは毎年行われる年中行事でもある。
マクレラン王立魔法士官養成院において、卒業後のルートは二つに分かれる。
一つは軍籍に残り、王軍として職業軍人として生きる道。
もう一つは軍籍には残らず、予備兵として登録のみを行い、家業を継ぐなどする道。
だが、セトの場合はどちらでも無かった。
セトは卒業する日、総長のガリオンに呼び出された。
「セト・ウォルカ。お前を軍に置くことはできん」
それが総長室に入ったセトに掛けられた言葉だった。
ガリオンは続けてセトに言う。
「どの部隊もお前を欲しがらん。いらんということではない。扱えない。それが結論だ」
セトは軍属にはなれない。
だが、セトはあまり気にしていなかった。
セト自身が望んでこの学び舎の門戸を叩いたのではない。
亡きマールによって敷かれたレールの上だった。
「わかりました」
セトはそれだけ言って敬礼し、退室しようとする。
次になにをしようとも思わなかった。
継ぐような家業もない。
進路は不明。
まぁ、別にいいか──
「待たんか」
ガリオンの話はまだ終わっていない。
セトはドアに向かおうとした体を、ガリオンに向き直す。
「お前についての話は続きがある。お前は本日をもって訓練生の身分を失う」
身分。
セトはそんなこと考えたこともなかった。
では、次は何になるのか?
「お前は教会からの推薦という形で編入してきた。後ろ盾は教会だ」
マールは祭壇の巫女だった。
教会が後ろ盾というのは理解できた。
「しかしお前はまだ11歳。今年で12歳。成人すらしていない。帰るにしても故郷は壊滅している。身分の保証ができるのは教会だけだ」
なんとなく、言いたいことはわかる。
セトはとりあえず頷いている。
「へネス教国へ行け。そこでお前の身分、後ろ盾をしっかりと確定させてこい」
「……わかりました」
セトは再び敬礼しようとした。
「まだだ。話は最後まで聞け」
まだガリオンの話は終わらない。
「ソルダ・ストークスのことだ」
ソルダは今、マクレラン王都の貧困層の住む地域に勝手に仮住まいを建てて鍛冶屋をしている。
何度も衛兵によって追われているが、いまだに王都に住み、セトの従者を名乗っている。
「奴の処遇について、未だにオブリオン王国からの返答はない。それどころではないのかもしれんが。だが、このままというわけにもいくまい」
ソルダはまだオブリオン王国軍の脱走兵という立場だ。
その上、セトの従者を自称している。
そうである以上、そのうちセトにも責任が及ぶ。
「お前が奴を従者にするにしろ、手放すにしろ、好きに決めればいい。ただし従者として置くのであれば、へネス教国に連れて行け。お前と共に教会所属という身分を与えてやれ」
「どういうことでしょう?」
「たとえ脱走兵であっても教会に所属して活動しているのであれば、ただの脱走兵ではなくなる。使える身分は得ておけ」
「………わかりました」
ガリオンはそこで一つため息をついた。
「セト・ウォルカ。お前は予備兵として一応登録だけはされる。明日より有事の際は軍事動員される」
「……はい」
「戦争は嫌いか?」
「はい。嫌いです」
「だが、戦争は起こる。人とはそういう生き物だ」
「肝に銘じます」
「万が一のときは、わかっているな?」
セトは回答できない。
なにを言っても間違えているような気がした。
「わからんか?生き残ることだ。なににおいても生き残れ。生き残らねば次はない」
セトは返事ができない。
ただ、ガリオンの言葉を深く理解しようとしていた。
「そして、一つ願いがある」
ガリオンはセトを見たまま、薄っすらと笑った。
「お前と見込んでの願いだ。次、戦争にこの国が巻き込まれたら、俺を逃がしてくれ」
それはガリオンなりの冗談だった。
本心では逃げるつもりなど毛頭ない。
セトにもそれくらいはわかっていた。
セトは一瞬だけ、ニヤッと笑った。
セト本人としても、久しぶりに笑ったかもしれない。
冗談とわかっていても、セトの返事は決まっていた。
「仰せのままに、総長閣下」
命令ではない。
ガリオンは「願い」と言ったのだ。
これはセトとガリオンの約束だ。
こうして、セトは新しい約束とともに養成院を卒業した。




