第75話 英雄とは
ソルダ・ストークス。
26歳。
オブリオン王国東の街ルマゴスの出身。
父、母ともにハクスラ人であり、魔法は身体強化のみ。
ルマゴスでは父の鍛冶屋を継いだ。
リニオ帝国の侵攻に伴い、領主軍に徴発される。
その後は領主軍として転戦するが、領主軍が壊滅。
オブリオン王国軍に所属を改められるが、徴用兵としての立場は変わらず。
社会的身分は、オブリオン王国ルマゴスの住人、鍛冶屋。
「それがなぜ、ここにいる?」
ガリオンは頭を抱えた。
単純に見たら、ただの脱走兵だ。
軍を勝手に個人の判断で、誰の許可を得ることもなく軍を離れることなどできない。
「俺は坊っちゃんの護衛だ」
ソルダは胸を張って答える。
もともとそこまで難しいことを考えるのは得意ではない。
セトに付くと決めたのも、作戦立案の判断、目的の最大化の決断、そして自分自身をまず最前列に置く姿。
安全な位置から指示を出す上官ではない。
それが決め手だった。
「護衛とは、言うがな。お前は所属の上では、オブリオン王国軍だ。ここにいるのは
問題でしかない」
「そうは言われましても。俺は無理矢理徴発されて兵として使われてました。故郷はもうリニオ領になってしまいましたし、戻る部隊も壊滅している」
「だからと言って軍役を解かれたわけではあるまい?」
勝手に軍を離れていいはずはない。
特にオブリオン王国は現在かなりの領地を切り取られている。
「問題はあるかと思いますが、あんな信用のできない軍にいるより、私は信用のできる人のもとにいたい」
「軍が、信用ならんかね?」
「国を守るとは建前。後ろから指示だけ出して、とっとと逃げるような上官ばかり見てきました。そんな軍に戻りたいとは思いませんね」
「しかし、だ。お前の所属がオブリオン王国に残っている。これが問題だ。これはお前の意思に関係ない」
脱走兵を匿う。
それ自体が罪だ。
しかも場所が悪過ぎる。
王立魔法士官養成院、つまりマクレラン王国の軍人の養成所に連れてきてしまっている。
言い逃れはできない。
「お前の処遇については後回しだ。こちらからオブリオン王国軍に報告を送る」
「報告ですか?」
「そうだ。ここにいる。保護している、ということにしようか?マクレラン王国はお前のあれこれを決める立場にはない」
ソルダに関する報告は、オブリオン王国に届けられた。
マクレラン王国にて保護している旨は、正確に伝えられたが、その返事は返ってこない。
戦況の悪化により、国内情勢は悪くなる一方。
さらにマクレラン王国が軍の派兵を打ち切る動きも見せていた。
マクレラン王国としては、自国に被害が及ばないのであれば、これ以上の派兵はしたくない。
これらの事情が積み重なり、徴用兵のソルダの処遇については、埋もれに埋もれた案件になってしまう。
ソルダの件は、何も返事がないまま季節は過ぎた。
春に派兵された訓練生も戻ってくる。
27名中25名の帰還。
二名死亡。
これは南東方面に派兵された訓練生たちだ。
やはり南東方面の攻撃は激しく、撤退戦に巻き込まれた部隊が壊滅していた。
そして秋の長期休養に入る。
セトはウォルカに帰る。
家族のいる故郷へと。
「父さん、僕はまた守れなかった」
父の墓の前に立ち、セトはその胸の内を打ち明けた。
「74人も殺した。もっとうまくできたかもしれない。彼らは次頑張るなんてもうできない。彼らには次はない……」
墓は何も語らない。
「総長は、誇りに思えって言った。でも、僕は……人を殺した」
父、ゼラムの墓はそこにあるだけ。
母、エーコの墓も。
師、ケメルの墓もそうだ。
何も語りかけず、ただそこにある。
その隣、少し小さな墓石で作った墓。
従者キセムの墓。
セトが葬ったセトの従者。
「お前は、俺に英雄の器と言った。人を殺した俺に、英雄の器があるか?」
キセムの墓も何も答えなかった。
出征前に出したアメリアに宛てた手紙の返事は、セトの手元にあった。
だが、それはまだ開けられていない。
「ただいま」
それを隠したまま、セトは岩窟院に帰った。




