第74話 戻らない日常
セトの養成院復帰は、同期の留守番組たちの中で噂になった。
それはセト本人の耳にも入った。
内容はとても気分がいいものではなかった。
ある者は、人を殺しすぎたから帰ってきたと言う。
ある者は、使い物にならないから帰ってきたと言う。
ある者は、味方を殺したから。
ある者は、荷駄も含めて焼き払った。
噂は絶えなかった。
そして、セトはいつしか「人殺し」と影で呼ばれるようになった。
(確かに……殺したけど……)
特にピリつくわけでもなく、淡々と受け流している。
少なくとも周囲にはそう見えていた。
ハーレイとカリムを除いて。
ハーレイはセトの様子を不安気に見ていた。
いつもと明らかに様子が違う。
生意気ではある。
取り繕っているように見えた。
カリムも同じように見えていた。
講義中にもおとなしい。
質問することもない。
こちらが質問しても、「わかりません」と考えもせずに思考することを放棄しているように見えた。
「ハーレイ、あれは重症だぞ」
カリムは一日の講義が終わると、ハーレイとソルダを呼び出した。
「まぁ、見てればわかる。ありゃひどい」
「俺も報告書は読んだ。経験は壮絶だ。軍人でも立ち直るには時間がかかるだろう。11歳では、まだ無理だろうな」
「あの噂はどうにかなりませんかね?院内が坊っちゃんを人殺しって呼ぶ」
「こちらとしても対処はしているんだ」
人の口に戸は立てられない。
どれだけ注意しても噂はなくならなかった。
そこでソルダが口を挟む。
「それでもな、戦況を見れば坊っちゃんのやったことが如何に難しいかってわかると思うんだが?」
確かにセトが養成院に戻って以降、オブリオン王国はかなり深いところまで切り取られている。
「だが、訓練生にそれは理解できん」
「それはあなたがたの責任だ。実際の戦場ではなく、机上のみを教えるからそうなる」
「チッ、だいたいお前はなんでセトについてる?オブリオン王国軍所属のはずだろう?」
「俺は抜けた。辞めたんだ。坊っちゃんにつく」
「どういうつもりだ?」
「どうもこうもない。あの判断、決断は普通じゃない。あの判断ができる人間はそう多くない。というか、一握りだ。並や上どころじゃない。俺は坊っちゃんのやることを傍で見ていたい」
「なんだと?」
「あれは、英雄や勇者じゃない。でも、最も頼りになる人間だ。あれは、背中を見せても絶対に安心できる。戦場に立つときにはそういう人が必要だ」
カリムはその言葉に眉をひそめた。
その次に出たカリムの言葉は、カリムが思っていたことそのものだった。
「お前は、あの撤退戦が正しい戦術だと思うか?」
「正しいかどうかは問題じゃない。軍の動きは成否が一番だ。倫理は往々にして横に置かれる。特に今回は──」
「そうだとしても!」
「あなたの言い分はわかる。だが、あのときの坊っちゃんの判断にケチをつけるのは間違いだ。あなたはあの場にいなかった」
その言葉にカリムは黙るしかない。
文書だけを見て後から批判することは、少し知識があれば誰でもできる。
だが、その場の判断はその場にいる人間にしかできない。
「たった11歳であの判断をして、その責任を負おうとしてるんだ。あなたの意見はどうであれ、それを背負う覚悟を持つ坊っちゃんは、批判されるべきじゃない」
ソルダとハーレイは、そのソルダの意見を最後に部屋をあとにした。
部屋を出た二人はしばらく廊下を無言で歩いていた。
だが、ハーレイはある事に気がついた。
「お前、どうやって飯食ってんの?」
ハーレイは教会からセトに付けられた護衛だ。
身分は教会から保証されている。
「俺は鍛冶屋だ。それで飯を食ってる」
ソルダ本人の意見はともかく、オブリオン王国所属の徴用兵だったのは間違いない。
そんなに簡単に軍属が解かれる状況でもない。
「どこで?」
「あの〜、貧しそうなところ?」
「お前、本気か?」
「なにが?」
これを機にソルダの扱いが問題になる。
主にガリオンにとってだが。




