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生贄の英雄 セト・ウォルカの物語  作者: 下山四郎
Disc01:少年期─他国出征─
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第71話 忍気怒静



敵軍が来るまでの僅かな時間。

無駄にはできない。


残ったのは10人。

魔法士が四人。

治癒師が二人。

戦士が三人。

そして、意識のない負傷兵が一人。


「なんで負傷兵を?」


ハーレイがセトに言う。


「内臓をもらう。開け」

「何を……」

「あと!全員軍服の綿をください!」


セトが何がしたいのか、誰にもわからない。


「時間がない!早く!」


内臓から窒素化合物はとれる……

植物性セルロースは綿を使う……


魔素は物理の第五基本作用。

無理矢理合成する。

ここでやるしかない。


電気的な反応だ……

これしか手段が思いつかない……


頭部の防具……

支給品だが、まぁ仕方ない。

容器にして使おう。


「ハーレイ!脂質をグリセリンにしたい!さっさと開け!」


尿素……

硝酸化合物……

骨や歯のリンも無駄にはできない……


思い出せ。

大学の講義でもいい。

養成院の講義でもいい。

有機化学だ。


「狂気の沙汰だ…」


ハーレイは負傷兵を前に躊躇している。


「ハーレイ、すまん。やってくれ」


だが、セトはそれでもハーレイに頼んだ。


「生きて帰るぞ」


セトはハーレイの目を見て言った。

頷いたハーレイは負傷兵の体に手を当て、服を開いた。

それはまるで手術のようでもあった。


魔法士を含め、ここに残った10名の体内魔素はもう枯渇しているのが明らかだった。

食事等による補給はない。

環境魔素のみだ。


「あと、どれくらい魔法を使える?」


そのセトの問いに誰も自信を持って答えられない。


「俺はこれからこの体と綿を使って道具を作る。それを戦士たちが崖に仕込む。魔法士はそれを火球で狙い撃つ。それしか道がない」

「おい!ガキ!どういうつもりだ!」


オブリオン兵の魔法士がセトの胸ぐらを掴む。

負傷しているのは、オブリオンの魔法士だ。


「全員死んで!その上さらに奥まで押し込まれたいか!お前が選ぶか!?」

「なにを……」

「お前が彼の命を数日生かして!後方まで被害を拡大させるか!彼の命を使って!足止めするか!選べ!」


全員が沈黙する。


「坊っちゃん、開いた。次は?」


そこにハーレイの声がかかる。

胸ぐらを掴んだ兵士の腕から力が抜ける。


「頭の防具に入れろ。加水分解する」


「俺はなにをしようか?」


セトに声を掛ける人物がいる。

ソルダだ。


「岩肌のどこを崩せば落ちそうか見て、穴を空けてきてくれ」

「それだけ?」

「そうだ。そこに今から作るものを入れる」

「ふぅん。さっき運次第って言ってたのは、なんだ?」

「岩肌がどれだけ崩れてくれるかわからない。岩の構成がわからないから、そこは運次第だ」

「なるほど。まぁ、俺は鍛冶屋だ。軽く見てくる」

「鍛冶屋って岩もわかるのか?」

「鉱物なら何とか。岩そのものはわからん」


草木の灰を作る……

水に溶かす……

脂肪……脂質を分離……

手早く……


尿素と硝酸で……


綿をセルロースとして処理……


雷魔法か。

放電処理だな。

無理矢理だが……できなくはない。

一酸化…二酸化を経て、硝酸へ……


代謝と酵素の反応。

過酸化水素と有機酸の反応。


現実なら設備も時間も足りない。

だから魔法で反応条件そのものを無理矢理作るしかない。


(急げ……急げ……)


外した防具を逆さにし、その中で無理矢理反応をさせる。


「まだかかるのか!?時間がない!」


まだだ。

出来るなら4kgほど欲しい。

時間が足りないか……


「坊っちゃん!俺も手伝う!なにをすればいい?」


ハーレイも加わって反応を加速させる。

かなり危険だ。

過反応は命の危険がある。

手早く、そしてギリギリのラインで。


「来るぞ!」


駆けて戻ってたソルダに出来たものを渡す。


「これをさっき空けた穴に詰めてくれ」


セトはそれぞれに指示を出していく。


「戦士はハーレイから受け取った物を穴に詰めながら後退!魔法士は詰め終わった箇所から戦士が離れたら火球でそこを狙って後退!ハーレイは反応を制御しならがら後退だ!」


体を弄られ死亡した兵士は、さっきセトの胸ぐらを掴んだ兵士に背負われた。


「鬼畜でもめ。生きるために仲間を切り刻むか……」


恨めしそうにセトを睨み、ほかのメンバーも後ろめたそうにしている。


「動け!」


セトの号令によって、全員が一斉に行動を始める。


戦士は穴に詰め物をして下がる。

魔法士はそれに火をつけて下がる。


ドガン!


一発。


ドガン!ドガン!


二発、三発。


岩肌に爆発音が響く。


縦横、V字、岩肌を崩すために空けられた穴が、順に炸裂していく。

その回数は20回を超えた。


「おい!もう敵が見える位置だぞ!」

「崩れない!!」


だが、未だ岩肌は崩れない。


(一個の量が少なすぎたか……)


体力はもう限界に近い。


「ハーレイ!寄こせ!」


過反応だ。

これしかない。

不安定になるが、仕方ない。

とにかく、威力が必要だ。

残っている全量を過反応させる。


「早くこっちに!」


セトは遺体を背負った兵士に向かって声を叫んだ。

彼も体力はもうほとんどない。

遺体を背負って移動することなど、無理な話だった。


「間に合わん!なにをしようとしているか知らんが、無理だ!」


ソルダがセトを掴んで言う。

遺体を背負う兵士の後ろには敵兵が迫っている。


「助けに──」

「無理だ!これ以上ここに留まれない!」


後ろにいる魔法士たちは既に背を向けて逃げている。


「坊っちゃん、決断の時だ」


静かにハーレイはセトの後ろに立っていた。





「すまない」






セトは一言呟いて、過反応が進む爆薬が入る防具を前方に打ち出した。


風魔法だ。

火はもう必要ない。

衝撃だけ。


静電気、摩擦、打撃。

何でもいい。

ここまで反応が進んだ爆薬なら、小さな衝撃だけで爆発する。


ズガァァァァン!!


爆音と爆風を伴って爆発をしたそれは、その衝撃波で岩肌を振動させる。

既に傷が入り、脆くなっていた箇所から岩肌が崩れる。


ゴゴゴ………


大地の震える音は不気味で、腹の底から恐怖を覚える音だった。


敵兵も、なにもかも。

遺体を背負っていた彼も。


崩れた岩肌が押し流した。


セトは通行ができなくなったのを確認し、その場を後にした。


後ろから敵兵が来ることはしばらくない。


「仕方なかったんだ」


ソルダはセトに声を掛ける。

だが、セトはなにも答えない。


(どうして……こうなった……)


セトは後悔とも、怒りとも違う、あらゆる感情が混ざり合ったような、表現のできない苦しさを感じていた。


(どうにもならなかったのか?)


答えが出ないまま、セトは殿軍の後方と合流した。


最終的に97名だった殿軍は23名に減っていた。


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