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生贄の英雄 セト・ウォルカの物語  作者: 下山四郎
Disc01:少年期─他国出征─
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第69話 撤退開始



「坊っちゃん!あんた立場考えろ!」


ハーレイが後ろで叫ぶが、それは関係ない。


東方向は攻撃による爆風で砂が舞い上がってる。

馬が暴れ、天幕が一部倒れているのが見えた。


「火がついた!」

「どこからやられた!」


(あの方角には川がある)


つまり、敵は川からやってきた。

そう考えるのが妥当だ。

迎撃は考えなくていい。

とにかく逃げる時間が必要だ。

今必要なのはこの拠点じゃない。

人の命だ。


「ハーレイ!撤退戦になる!指揮官!大隊長!とにかく司令を先に移動させろ!」

「誰って!?」

「知らん!とにかく偉い人だ!」


六日前に前線拠点が襲われた。

落ちたかどうかは関係ない。

結果はどうであれ、川を使えば徒歩より遥かに速くこちらに着く。


(敵が死に物狂いなら、川を使わない手はない)


「坊っちゃんは!?」

「やるだけやってみる!」

「そうじゃねぇだろ!?」


セトは拠点北西、攻撃を受けた手前に辿り着いた。


「子ども!?なにをしている!」


そこにはオブリオンの兵たちもいた。

彼らも迎撃の態勢を取っている。


「時間を稼ぎます」

「下がれ!俺たちがやる!」


川の方向から氷柱が飛んで来て、セトの頬を掠める。


(向こうもこちらを見えていないのは一緒か……)


爆風の砂塵が晴れない……

薄っすらと向こう側が森になっているのは見える

敵の全容は不明だ。

向こう側をまとめて……

ダメだ……

確認できるまでは……


「ッッ──!」


セトの横にいる兵士の何人かに氷柱が突き刺さる。


(まだ見えない。でも敵は撃ってくる…)


砂……か。

やるか。


「離れて!」


セトの魔法が砂を巻き込みながら渦を巻く。


「削れ」


高速回転する砂はサンドペーパーのように森の木々を削り取る。


「見えました。敵です」


森の一部は砂によって削り取られ、視界が開けた。

森の向こうが見えた。

一人。

十人。

そのさらに奥にも、人影がある。


(……まだいる)


木々の隙間から、次々と兵が現れていた。

敵の数はかなり多い。


「いや!待て!追われているぞ」


オブリオン兵が指差した先には、オブリオンの軍服を着た兵が走っていた。

そしてその後ろにはリニオの兵が追いかけている。


「ここで押し留める。撤退兵は収容する。やるぞ」


そう言ったのはおそらく隊長か何かだろう。

オブリオンの兵が武器を構えて敵兵に向かっていく。


(動く撤退兵を避けつつ、動く敵兵にピンポイント攻撃か……苦手なんだけど)


セトの魔法はどうしても制御に難がある。

魔法を魔法として運用するのではなく、物理法則として運用する。

どうしても他の魔法士に比べて制御が荒くなる。


「坊っちゃん!とりあえず後ろは動き出した!あとはここだけ!」

「よし。じゃ、集中しよう」


後ろの時間稼ぎ……

撤退兵の収容……

撤退兵は、五人か……


「ハーレイ、命があればどうにかなるか?」

「なにを!?ほら!氷柱が飛んでくるから!」


セトらはいつの間にか殿軍。

敵の攻撃を防ぎつつ、時間をかけて後退する。


「隊長。すみません。よろしいですか?」

「まだいたのか!?」

「ルートを三本に絞ります」

「はぁ!?」

「まともに走れるルートです。味方はそのルート上に誘導したい。指示を出せますか?」

「なにを!?」

「やりますね」


セトは地面に手をついた。

対象範囲は広くない。

少なくとも拠点の手前から10mあればいい。

三本の縦筋を残し、その間を横方向に等間隔で掘っていく。

深さは五センチほど。

走るだけなら致命的ではない。だが、足を取られるには十分だった。


それだけで走る人間には危険な道になる。


「おい!そこじゃない!下を見て走れ!三列だ!」


突然のことで隊長自身もどう指示していいのかわからない。

拠点側から見ている隊長にはくっきりと三本の筋が見えていた。


そこかしこで剣戟の音が響く。

リニオ兵が徐々に増えてきている。


「やっぱり、これが手っ取り早いか」


セトは溝から外れそうな撤退兵に向けて火球を放った。

それは第一学生の時にそうする意味がないと、セト自身が断じたもの。

軌道の読める火球だ。


「何をしている!?」


隊長は自国の兵を狙われたと思い、セトを怒鳴り付ける。


「こうしたらちゃんとルート上に乗るので」


なんでもないことのようにセトは返し、今度は撤退兵たちが通ったあとの道を崩していく。

隊長は言葉を失った。

味方を狙ったようにしか見えなかったからだ。

だが、火球を避けた兵士は、結果的に三本の道の一つへ入っていく。


一人、また一人と収容が進んでいく。


「収容が完了次第下がります」

「わかっている!」


最後の一名が収容される。


「逃げます」

「だから!わかってる!」

「ハーレイ!回復しつつ撤退できるか!?」

「相変わらず無茶苦茶だ!」


そしてセトたちは、殿軍として撤退を始めた。

ここに残れば死ぬ。

撤退する兵の一人が武器を捨て、両手を上げた。

それでも、リニオ兵は止まることなく、その兵を槍で貫いた。


(まだ、死ねない)


とにかくここにいる味方を一人でも多く撤退させる。

それが目標だ。

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