第68話 敵襲
輸送任務中、その任務そのものは恙無く終わった。
特別大きな異変や混乱はなく、後方基地に駐屯するオブリオン王国軍に物資を引き渡す。
空荷で戻るのではなく、負傷兵の護送や不用品や破損品の引き取りなども行って王都に戻ってきていた。
「へへ、まいど」
そんな任務中にもかかわらず、ハーレイはチンチロリンで兵たちと遊んでいた。
「兄さん強いな」
「運がいいんですよ」
「いやそれにしてもだ」
「流れがいいんじゃないですかね?」
既に小隊のメンバーとも打ち解けている。
「おい。セト・ウォルカ」
小隊長から名を呼ばれ、セトは振り向く。
「はい」
セトとしては普通に返事をしたつもりだ。
しかし思うところがある小隊長には、その態度がひどく生意気に見えた。
「お前の従者だろう?どうにかしろ」
「どうにかとは?」
「小隊の風紀に問題が出る前に収めろ!」
その声はハーレイたちにも届いていた。
小隊のメンバーは気不味そうにその場を離れ、ハーレイは面倒くさそうにしている。
「従者の責任はそれを使う主人の責任だろう!お前の責任だ!」
使用者責任、とでも言うべきか?
確かにそれはあり得る。
「申し訳ありませんでした」
セトは小隊長に頭を下げた。
11歳の少年が軍の小隊長に頭を下げる姿は、それを見ていた小隊のメンバーにとって、少なからず印象に残る場面だった。
「何か話は聞けたか?」
少し落ち着いたところでセトはハーレイに声をかける。
「ん?ああ、まぁちょっとだけ」
ハーレイによると、やはり南東方面は厳しい状況が続いている。
セトの往復する後方拠点から川沿いに北西に向かうと前方の拠点がある。
そこに向かってくる敵兵はまるで死兵のように前のめり気味に突撃してくる。
押し返すどころか、受け止めるので精一杯のようだ。
「それより、さっきは頭下げてもらって──」
「気にするな。お前のほうが人に懐かれる」
それだけ言うとセトは黙って腕を組んで考える。
一人歩くセトは考えたいた。
侵攻のグラデーション………
明らかに南寄りだ。
南は海だが、かなりの距離がある……
途中にはリキイル連合国を通るルートもある……
海を目指している?
俺が物資を入れた拠点が少し先にあったな。
海か?
なんでだ?
無茶苦茶なルートだ……
「リニオって海に面してないのか?」
「リニオの海は凍る海ばっかりですよ。一個だけ貿易港があったかな?」
海だな。
可能性が高い。
そうなると南進の理由はそれが濃厚。
「あの拠点の兵站、もっといると思うけど、どうやったら増やせる?」
「そりゃ無理だ。その手の割り振りは上の方の役目。坊っちゃんが言ったところでどうにもならんでしょう?」
セトは立ち上がり、自分の推論を小隊長に伝える。
「訓練生程度が考えたことで軍が動くわけなかろう。そんな憶測はどうでもいい。明日からまた輸送任務だ」
まるで虫か何かを払うように、セトは追い払われた。
それでも嫌な予感は止まらない。
これから向かう後方拠点は川からそう遠く離れていない。
海に出るなら川を下るのが一番早い。
(ハーレイは手元に置いておこう。奴は便利だ)
回復のできる治癒師のハーレイは手放せない。
小隊長の天幕を出たセトはハーレイに話しかける。
「ヤバいかもしれない。真剣にやれよ」
「大丈夫ですよぉ。いい流れ来てましたから」
「いや、本気で真面目にやれ」
「いーや、大丈夫だね。坊っちゃんがいる。坊っちゃんはどんなときでも便利に動いてくれる」
二度目の輸送任務。
後方拠点までの輸送は完了した。
積荷を下ろし、翌日の折り返しのために積む荷などを確認する。
その日の夜更け。
急に拠点の天幕が慌ただしく動き出した。
拠点の外から声がしている。
「オブリオン王国第38中隊の所属です。至急、指揮官殿にお会いしたい」
ボロボロの格好のオブリオン兵数名が門兵に止められていた。
所属と名前などを検められ、後方拠点の天幕に入っていく。
それをセトは遠くから眺めていた。
訓練生如きが触れるような情報ではないのだろう。
セトに情報が聞かされたのは翌日の早朝だった。
それまでは何も知らないまま夜間のうちに積み荷の積替えが行われた。
前回は持ち帰ったものでも、積み荷から降ろすものもあった。
明らかに軽量化なのだろうという予想ができた。
(悪い方に転んだ可能性があるな)
まだ日が昇り切る前。
セトはハーレイに呼ばれ、天幕を出た。
そこには他のメンバーもおり、ハーレイもいた。
「やっとか、緊張感を持て」
「すみません」
とりあえず素直に謝る。
夜間の積み替えで疲れて、泥のように寝てしまっていた。
「昨晩、前方にて展開する拠点の一つが攻撃を受けていると連絡があった。夜間に積み替えを実施し、既にここを出る準備は終わっている」
積み荷は前回よりも少ない。
「夜間の移動は危険だが、これくらい明るければ問題ない。これより出発する」
ドガァン!
小隊が出発しようとしたとき、拠点の一部が爆発した。
「なんだと……早すぎるだろう……」
小隊長の呟きをセトは聞き流さなかった。
「どういう意味ですか?前方の拠点が攻撃を受けたのは何時ですか?」
「六日前と聞いているが……」
「落ちたのですか?」
「指揮官が討たれ、拠点で交戦中と聞いた」
セトはその言葉に舌打ちをした。
「逃げますよ!敵襲です!!」
小隊のメンバーは荷駄に駆け寄る。
「放棄しましょう!早く!」
ドガァン!!
しかし二度目の爆発が起きる。
これで拠点の東側ががら空きになった。
東側の爆発を見て、セトは確信のようなものを感じた。
そこには川がある。
前方の拠点からここへ来るなら、陸路よりも川を使った方が早い。
そして先ほど小隊長は言った。
――前方の拠点は、六日前から交戦中。
六日も戦っているなら、敵は既に前方の拠点を突破している可能性がある。
ならば、今ここが攻撃された理由は?
東側からの爆発、 川、 南東方面への異常な侵攻。
(……まさか)
「敵は川から来ます!」
川なら陸地よりも早くこちらに到着する。
「ハーレイ!」
「ウソだぁ」
「前に出る!」
「ダメだって!坊っちゃんは訓練生……もう!行くなって!!」
ハーレイが止めるより先にセトは駆け出した。




