第64話 陥入戦地
戦況は膠着か、もしくは見方によっては三カ国側が押されている。
そこでへネス教国がマクレラン王国に檄を飛ばした。
「軍の派遣を増やせ、そういうことか……」
ロイホールド四世は親書を読み終え、溜め息をついた。
「嫌なんだが……」
「そうは言われましても……」
「だいたいな、軍の動員は増やしているぞ。領地貴族も向かわせた。足りんのか?」
「そのようです」
確かにマクレラン王国は当初の予定よりも、かなり多くの軍を派遣していた。
それはマクレラン王国とリニオ帝国の国境付近にも、戦線が展開されつつあったからだ。
「これ以上は無理だろう?」
「確かに軍員の限界もありますが……」
「今徴兵はできん」
「しかし……」
「法により軍の動員は四ヶ月と決まっておる。そして二ヶ月の休養を経て戻る。その三交代制だ。これを曲げるつもりはない」
王には王の言い分がある。
そしてそれは歴代の王によって整備された法による言い分だ。
変えるとなると、王の正統性にも関わる。
マクレラン王国の職業軍人はローテーション制だ。
一つの軍の戦地派遣で戦地に逗まれるのは最大四カ月。
そして一つの軍が派遣を終えると二ヶ月の休養に入る。
三軍で三交代制。
これにより休養の期間をズラして取ることで、戦地派遣の軍は常時二軍という状態を維持している。
領地貴族にしても、各貴族は軍法により同じローテーションを貴族ごとに割り振って行なっている。
「では、養成院の訓練生はいかがでしょうか?」
宰相の言葉に、王は眉をつり上げる。
「ひよっこではないか!ひよっこならまだいい!使い物にならない若僧を送り込むつもりか!?」
「いえ、後方支援として……」
「ダメだ!奴らは軍の候補生ではあるが、まだ軍人ではない!数のうちに入らん!」
「しかし!このままでは、徴兵が必要になります!」
「それもできん!」
しばらく王と宰相の間に沈黙が流れた。
重苦しい沈黙は、どちらかが引くまで終わらない。
普段なら無礼に当たるため、宰相の所作として相応しくない。
だが、宰相はそれでも王の目をしっかりと見て言う。
「使えそうな者を、養成院に見繕ってもらいます。その選抜者のみを送ります。それでいかがでしょうか?」
「納得できん」
「納得云々ではないのです。リニオ帝国が迫っています」
「だが──」
「訓練生の出陣!徴兵!法改正!いずれかに納得せねばならないのです!」
「…………」
「どうか、ご理解を」
宰相は頭を下げてその場を後にした。
王は納得できない表情のまま、手元の親書を床に投げ捨てた。
その日のうちに、養成院総長ガリオンのもとに宰相からの命令文書が渡された。
「ふざけてるのか!?」
それがガリオンの第一声だった。
「どういうつもりだ!青二才どもを戦場に放り込めとは!」
「しかし、戦況は逼迫しておりまして……」
文書を持ってきた官僚は身を縮こまらせている。
眉間にシワを寄せ、頭から煙が立つ程にガリオンは怒っていた。
「そうだとしても!なぜ訓練生なんだ!おかしいだろう!」
「すみません。決定事項でして……」
「成績の良いものを差し出せ!?できるわけがない!若者をなんだと思っている!?」
「これは命令でございます!!」
それだけ叫んだ官僚は部屋から飛び出して逃げてしまった。
代わりに部屋に入ってきたのは、カリムだ。
「いかがしましたか?」
ガリオンは忌々しそうに親書をカリムに渡した。
「…………読め」
乱暴に手渡された文書には、信じ難い内容が書かれていた。
訓練生のうち、戦場にて後方における支援等に能力を発揮出来得る者二十七名を選抜すること。
選抜の期間は十日。
選抜が終わり次第、選抜者はそれぞれ三軍に九名ずつ配置する。
「これは……」
「知るか。意味があるとは思えん。たった九名の配置など。戦場の決戦兵器ならまだしも。なぜこんな小規模な人数だけに絞ったかも不明だ」
二十七人。
これは意味のある数字だった。
そもそも宰相は戦争に消極的な王を理解していた。
戦争などない方がいい。
「だが、起きてしまえばやるしかない」
それが宰相の答えだ。
「オブリオンが落ちれば、次はマクレラン。それまでに戦場経験のある人間は多いほうがいい」
これは宰相による決定だった。
宰相の危惧は危機管理として考えた場合、尤もでもある。
議会、というか確かに命令にあたって議論はされた。
しかしそこに王の姿はなかった。
宰相による非常時権限。
これによって訓練生の出陣命令は行われた。
「一人でも多く、将や参謀としての才がある人間に育てたい。できるだけ、早く」
宰相には宰相の考え方がある。
それの正否は、宰相が決めるべきではないが。
宰相はその議論の場を押し切り、この文書を決定事項として発した。
「後方支援でいいのだ。戦場の空気に触れて才を開く者がいればいい」
こうして訓練生は出陣に向けて動き出す。




