第63話 振るわぬ戦況
三カ国連合とリニオ帝国の戦争。
それは勃発して既に一年を経過した。
季節に関係なく、リニオ帝国は侵攻を緩めることはなかった。
「想定とはまるで違う」
それがオブリオン王国の軍司令部を焦らせた。
そもそもリニオ帝国は、北の大地を領土としているが、その気候故に農耕地に使える面積はかなり限られる。
そのため食糧を求めて東進、あるいは南進して領土を広げた経緯がある。
「冬になれば兵站の不足から落ち着くと思っていたが……」
だが、リニオの猛攻は冬でも止まらなかった。
確かにリニオ帝国は大国である。
地図上で見ても、その面積は現在参戦している三カ国より広い。
「だが、兵も食糧も尽きない。なぜだ?」
リニオの継戦能力はそこまで高くない。
それが当初の見積もりだった。
食料自給率は面積ほど高いわけではない。
そう思っていた。
「東から運ぶにしても、時間がかかるだろう?予定されていた侵攻か?」
だが、リニオ帝国にその兆候は見られなかった。
一部に内戦と見られる戦いがあったという情報はある。
それだけだった。
「おかしい。なにか変だ」
三カ国は消耗戦を強いられていた。
──リニオ帝国にはまた別の事情があった。
リニオ帝国は現在戦争などしている暇はない。
それでも戦争をするしかない。
リニオ帝国の領土は広い。
しかし、その領土のうち、使える港がない。
港はあるにはある。
その全てが北極圏だ。
つまり、使える期間が限られる。
海に出ることができないのだ。
「なんとしても港を取る。それがなければ国が維持できん」
港による交易。
そして海の恵み。
それは内陸輸送が主な輸送手段になる国にとって、喉から手が出るほど欲しいものだった。
「凍らない港を得る」
リニオ帝国は食糧を求めて侵攻を繰り返したが、結果として北極圏付近や砂漠地帯、湿地高原などのリスクも多く抱えた。
東にさらに東進はできない。
山岳地帯が、その東への進出を邪魔している。
東側を南進すれば平地はある。
だが、そこには別の強国があるし、さらにはそこに至るまでに広い砂漠地帯を抱えることになる。
中央部からの南進はもうできない。
既にそこは高原の湿地を抱えており、南の山を抜けた先は魔族と呼ばれる人種の国がある。
「国を、民を食わせなければ、国が分裂する……」
それがリニオ帝国が常に抱えるリスクだ。
さらに不運があった。
リニオ帝国の北西側、北極圏よりほんの少し外れた位置にある港の街べルック。
このべルックの先にある小島に四英雄の一人、ピアネが堕ちた。
その小島は祭壇の小島とされ、神聖視されてきた。
そこに大穴が開き、ピアネは封印から脱出した。
「どこ……どこ……バージ……どこ」
異形の化け物は祭壇を破壊し、べルックも破壊した。
特に教会は集中的に破壊され、べルック周辺の村なども巻き込まれた。
これによりリニオ帝国は、使える唯一の凍らない港を失った。
「化け物?なんだそれは?」
ピアネのその姿は間違いなく化け物だった。
巨大な女性の上半身が、ムカデ状の身体の上に連なっている。
乳房は36対。
腕も36対。
背中には虫の羽が36対。
巨大な顔の口から女性の身体が生えている。
下半身はなく、腰から下は巨大な蛇の尾。
女性、ムカデ、昆虫、蛇など複数の生物的特徴が融合した異形。
動物や魔物など、彼らの知る生態系の中で、このような形状の生物は存在しない。
当初、リニオ帝国はピアネを討伐対象としていた。
しかし、その異形の姿や「バージ」という人名を繰り返すことから、天を支えた英雄ピアネであると断定するに至る。
バージとは、ラメント教における英雄の去り際に現れた四人の予言者の一人だ。
彼らが英雄の帰還を予言した。
「あれは、四英雄のピアネである」
つまり神は我らの地に帰還した。
四神派の彼らはそれを後ろ盾に国内をまとめようとした。
「だが、港はどうにもならん」
ピアネを化け物として討伐対象にしていた時の戦費。
これはもはや国庫一年分程度では収まらない。
内戦にも似た大きな規模での討伐作戦だった。
結局彼らはピアネを刺激せず、神として讃えることにする。
そして、港と海への道は、他国の領地を切り取って作る。
これが彼らの方針になる。
「今、やめるわけにはいかん」
リニオ帝国にも、引けない事情があった。




