第6話 不吉の雨
ストラス岩窟院──
古代文明時代から存在するとされる、古い寺院。
なぜこの場所に作られたのか、どうやって山の中に造られたのか、詳細は不明。
ただ、文明が滅びてから現在に至るまでの歴史の中で、一度たりとも巫女が途絶えたことのない伝統ある寺院だ。
山から下りてくる最中、ケメルは空を見上げて話し出した。
「そういえば、アンタは六年前のことを知らないんだったね」
「六年前?」
「そうアンタが生まれた頃の話さ」
「何かあったの?」
「空に穴が開いたんだよ」
「穴?」
「そう大穴さ。ちょうどストラス山の上、岩窟院のあたりだったね」
セトは顎に手を置いて考える。
(空って穴が開くものなの?)
「あのときは神罰が降ってくるって大変だったんだ」
「神罰って?」
「アンタはまだ知らないだろうけど、神話には天が落ちて、大地が震え、海は裂け、魔物が全て飲み込んだって書いてある。それさ」
次第に山の向こう側から、空がゴロゴロと鳴りだした。
雷だ。
いよいよ雨が降ってくるのだろう。
ケメルとセトは空を見上げた。
「ただね。六年前のあれは、神話なんかじゃなかった」
「……?」
「本当に、空に穴が開いたんだよ」
セトは足を止めた。
「どんな穴?」
「そうだねぇ……」
ケメルは少し考える。
「空の向こう側が見えるような穴だった、とでも言えばいいのかね」
「向こう側?」
「真っ黒だったよ。昼間なのに、そこだけ夜みたいに暗くてね」
ケメルは苦笑した。
ポツポツと雨が降り始めた。
最初は木々の葉を濡らす程度だった。
それが少しずつ数を増やし、やがて大きな雨粒が地面を叩き始める。
「あの頃は村中が大騒ぎだった。神様がお怒りになった。天罰だ。とうとう世界が終わるんだってね」
「終わらなかったの?」
「終わらなかったねぇ。終わってたら今頃アンタはいないよ」
ケメルは肩をすくめる。
「だから今じゃ、昔話みたいに扱われてる」
「じゃあ、穴は?」
「消えたよ」
「いつ?」
「さあねぇ」
ケメルは北の山を振り返った。
雨音が、二人の間を埋めていく。
「でもね」
そこで、少しだけ声を落とす。
「穴が消えたあとから、山の様子がおかしくなったんだ」
「おかしく?」
「魔物が増えた」
セトは黙って山を見る。
黒い雨雲が山を覆っていた。
雨に煙ったストラス山は、もう輪郭さえはっきりしない。
木々を打つ雨音が大きくなり、川の流れる音さえ聞き取りにくくなっていく。
「それまでは、この辺りにあんなものはほとんど出なかったんだよ」
「……あんなもの?」
ケメルは答えなかった。
その代わり、遠くから悲鳴が聞こえた。
「助けてくれぇ!」
雨音の向こうから、男の声が響く。
ケメルの顔から笑みが消えた。
「……セト」
「うん」
「あたしは走れないんだ。またなんか便利なことしておくれ」
「わかった」
悲鳴は近かった……
でも近くまで行かなくていい……
高さがあれば……
高所作業車……バケット……
「ケメルさん、高いとこ苦手?」
「ん?どういう意味だい?」
柵があればいい……
持ち上げるのは狭い範囲……
角度と強度……折れない設計……
芯に鉄分を当てるか……
セトは頭の中で構造を組み立てる。
柵。
床。
支柱。
持ち上げるのは狭い範囲だけでいい。
なら、必要な力も少なくて済む。
雨で足場は悪い。
地面を走るより、上に行ったほうが安全だ。
「ケメルさん、ちょっと乗って」
「何にだい?」
「これ」
セトが地面を指差した。
「伸びろ!バケット!」




