第5話 ストラス山
「ケメルさん!」
セトはケメルの家の前に立ち、ケメルを呼ぶ。
「ちょっと待ってて」
窓が開いて声を出したのは、ケメルの娘のアメリアだった。
もうそろそろ、村では「行き遅れ」と言われ始める年齢らしい。
セトは、それが何を意味するのかよく分かっていないが。
「お母さんなら山に行く準備してるよ」
「山?」
「そう。雨が降る前に採れるだけ採るんだって」
「奥まで入るの?」
「さぁ?聞いてない」
(できれば雨が降る前に帰りたいなぁ)
山菜採りって、何が楽しいんだろう。
家で寝ていたほうがいいのに。
「中入って待っとく?」
「うん」
家の中に入り、飲み物をもらう。
紅茶に近いような、薄味のものだ。
(コーヒーが良かったなぁ…)
だが、セトにはコーヒーが何なのか分からない。
「ごめんね。お待たせ」
奥の部屋からケメルが出てきた。
腰はまだ曲がっていないが、白髪の混じる女性だ。
「今日はね、川沿いに上がりたいんだ」
「川?」
「そう。ウォルカ川を上がれば、北のストラス山の中ほどまで行ける」
「雨が降る前に下りないと危ないよ?」
「そうだね。アンタは賢いね。無理をしないくらい、ほどほどで下りようか」
ケメルの家を出た2人は、川伝いに遡って山を目指す。
ウォルカ川は村の中を流れていたときよりも細くなり、ところどころで大きな石にぶつかって白い水しぶきを上げていた。
川岸には湿った土の匂いが漂い、山へ近づくにつれて木々も増えていく。
相変わらずの曇天だ。
北の空は黒く、雨はもうすぐそこかもしれない。
「ウォルカ川って、どこまで行くの?」
「ずっと下ればゼルニ川に出るよ」
「ゼルニ川?」
「ウォルカ川はゼルニ川の支流だからね。ずっと南へ流れて、最後は海まで行く」
セトは川を見た。
「海って、どんなところ?」
「さあねぇ。私も見たことないよ」
そんな会話をしていると、斜面は徐々に急になっていく。
「ふぅ、ふぅ……」
段々とケメルの息が上がってくる。
(しんどいのかな?結構急だもんな)
ケメルさんは大人だから平気だと思っていた。
でも、さっきから息が荒い。
(やっぱり、しんどいんだ)
なら、楽にしてあげればいい。
先に行くケメルの様子を、後ろから見ていたセトは、ふと思ったことをやってみる。
斜面……全部は階段にしなくていい。
ケメルさんのいるとこ。
僕のいるとこ。
ここだけ整形して平らにして……
ベルコンみたいに動かす……
「ケメルさん!」
先を行くケメルを呼び止めた。
「動かないで!」
そう言うやいなや、ケメルとセトの足元の土が、まるで薄い板に変わったように平らになった。
「動け!」
セトがそう言った瞬間、二人の足元の土が滑るように動き始めた。
ザザザザザ……。
土と小石が斜面を駆け上がっていく。
それに合わせるように、二人の立っている場所もゆっくりと上へ運ばれていった。
「わ!ちょっ!なんだい!これ!」
「エスカレーター」
「なんだって!?」
「便利でしょ?」
「こりゃいいねぇ。こんなのできるなら最初からやっておくれよ」
中腹での山菜採りは、ケメルにとってとても満足いくものだった。
背負い籠にはたくさんの山菜が入り、ホクホクの顔だ。
「セト、さっきの魔法で下まで送っておくれ」
「エスカレーター?」
「そう、それ」
「下りは危ないよ?」
「大丈夫だよ。さ、行こう」
ケメルが立ち上がると、その先、山頂より少し下に奇妙な建物が見えた。
山肌に埋め込まれるようにして、灰色の石造りの建物がある。
正面から見れば建物のようにも見えるが、その奥は山の中へ続いているようだった。
周囲には木々が生い茂っている。
それなのに、そこだけは不自然なほど開けていた。
なぜか、その建物から目を離せなかった。
初めて見るはずなのに、どこかで見たことがあるような気がする。
(……なんだろう、あれ)
「どうしたんだい?ぼーっとして」
「え?ああ、下りるんだよね」
「そうそう。ザザザーっと下りるの」
下について川沿いを下る間、ケメルは少しずつ話し始めた。
「さっき見てたアレね、寺院なんだよ」
「寺院?」
「そう。お祈りをするところさ」
「お祈り?」
「神様にね、お願いをするんだ」
(お祈り?神?)
セトはそれがなにかは知っていた。
しかしそれが意味するものに心当たりはなかった。
「ストラス岩窟院、それがあそこの名前だよ」




