第59話 時流湧動
セトは鏡像魔法をマールから教わった。
本来は禁呪だ。
教わったことすら話してはならない。
「四英雄と九従者は全員この魔法を応用して使います」
マールはこの魔法を知らなければ、必ず負けると断言した。
「鏡像魔法とは、脳の働き方を含め、あらゆる相手の神経活動を読み取る魔法です。つまり、あなたの動きは必ず読み取られる」
予言のアシュレイは、これを予言として使った。
幻惑のヒスイは、これを未来視として人々を誘導した。
「そして、この読み取った内容を写してしまうのが、転写魔法」
これを使ってセトは山崎の知識を得た。
「さらに、医術や回復魔法を組み合わせて、他の生物の器官を取り込むのが、融合魔法。これによって彼らは人ではなくなった」
「でも、強くなるためじゃないの?」
「確かに強くなるためです。ですが、器官を取り込むということは、その生物の特性も取り込むということ。ですから、性格、というか、意思決定にも影響を及ぼしかねないのです。事実、四英雄たちはそれによって脅威と見なされました」
器官を取り込むということは、神経系の接続も行うということになる。
そして強大な力を得れば得るほど、人は制御が求められる。
さらに顔や頭など、外見に直接影響が出るような箇所であれば尚更だ。
だから、融合や転写は使うな。
それがマールの言いつけだった。
「鏡像魔法までです。いいですね?それ以上は危険、というものですらない。ただの脅威です」
「鏡像魔法で届かないときは?」
「それでもダメです。あなたはあなたでいなさい。化け物に変じては、セト・ウォルカではなくなります」
鏡像魔法は視神経を基本的に使う。
光を感知した視神経の経路を辿って脳へと至り、そこから神経系の動きを読み取っていく。
光の信号は一瞬だ。
一瞬一瞬の情報をつなぎ合わせる。
「高度な技術と精度が必要です。応用には時間がかかりますが、ものにしなさい。必ず必要になります。セト、技術はあなたに託します」
アメリアへの継承も行われた。
「いいですか?継承魔法は、転写魔法の応用です。私が受け継いできた4000年の歴史、それをあなたに転写します。ただ、それにはこれまでの歴代の祭壇の巫女、僧侶たちの記憶の一部が含まれます」
転写魔法とは違い、一部のみを継承する。
これは術者の意思で必要な情報だけを制御できるから成立する。
術者自身の知識の一部を移す魔法。
山崎の時は術者の知り得ない情報を移したため、マールの判断で大量の情報を移した。
今回は必要なものだけを選べる。
「私が継承してから52年。次は、あなたにお願いします。アメリア」
アメリアへの継承が行われる。
知識の断片を記録のように流し込む。
知っていた知識を体験した知識に上書きするような体験。
祭壇を守った人々の記憶が、自分の記憶ではないのに経験した状態になる。
「アメリア、歴史はあなたに託します。」
セトは長期の休みを終えて、養成院に戻った。
鏡像魔法のことは誰にも言わない。
相変わらずの日常を過ごす。
そして学ぶ。
アメリアは祭壇の巫女としてストラス岩窟院に座した。
二度と岩窟院から離れることはない。
それが役割であり、受け継いだ使命でもある。
先代の巫女マールはこの一年半後、息を引き取った。
ハーレイが長期休暇になると、何よりも先にマールの病状を確認したのが良かったのかもしれない。
ただし、アメリアへの継承の後、それまで抑え込んでいた老化が一気に押し寄せた。
外見は急速に年相応にまで老化し、最期は立ち上がることもできなくなってしまっていた。
それでも、マールは余命よりも半年長く生きた。
ハーレイはただ頑張っている姿をアメリアに見せたかっただけだが。
「ウォルカから連絡だ」
そう言われた瞬間、セトは嫌な予感がした。
カリム教官から渡された紙を開く。
そこには、短い言葉だけが書かれていた。
──マール様、永眠。
セトはしばらく、その文字を見つめていた。
「……そうですか」
それだけだった。
一時帰宅は認められなかった。
戦場ではたとえ家族の死であっても勝手に帰れない。
養成院で学ぶということは、戦場と同じ理屈を通す。
それが理由だった。
マールの遺言は二人に向けたものだった。
アメリア
辛い使命を与えて申し訳ありません。
でも、あなたならば、と思ったのです。
あなたはアメリア・ウォルカ。
ありがとう。
最後にあなたは、私の家族になってくれた。
そう感じられただけで、私は幸せでした。
あなたは私の宝物です。
セト
今にして思えば赤子の頃から、辛い人生を歩ませることになってしまいました。
申し訳ありません。
でも、私はあなたの成長を本当に嬉しく思います。
でも、あなたはセト・ウォルカです。
勉学を頑張りなさい。
知識を得て、役立てなさい。
私は、ずっとあなたの味方でいますから。
あなたは、私の宝物です。
セトはマールの死後、アメリアの許可のもと、マールの墓を岩窟院の墓地に建てた。
墓碑には「マール・ウォルカ」の名が刻まれた。
これを機に、セトは全ての墓碑の名を刻み直した。
全ての墓碑に、「ウォルカ」の家名が加えられた。
血が繋がっているかどうかなど、もうセトには関係なかった。
ここで共に生きた者。
自分を育ててくれた者。
自分が家族だと思った者。
それならば、ウォルカでいい。
そして、セトが養成院の第三学年に上がった頃、戦争が起きた。
始まりは、北東の大国リニオ帝国が、東の隣国オブリオン王国へ攻め込んだことだった。




