第58話 帰郷
馬車は駆けた。
寝る時間だけが休憩時間。
王都を目指したときとは四人だった。
今はセトとハーレイの二人きり。
バレンタを越え、街道を進む。
もう野盗に遭うこともない。
「坊っちゃんさぁ、そんなに早く帰りたいのはキセムだけが理由ですか?」
セトは窓から見える景色をボーッと眺めている。
(たくさん話したいことがあるんだ)
セトはそう思ったが、なぜか急にそれを言うのが恥ずかしくて、ハーレイの話は無視した。
やがて街道から外れ、悪路を進む。
馬車を改造した悪路だ。
(ここは馬車というより、道を改良したいな)
思い出に浸りつつも、セトの考えは道の改良だった。
(馬車を改造してても明らかに悪路なのがわかる)
たった数ヶ月前の出来事。
だが、それがセトにはひどく昔のことに感じられた。
やがて見えたストラス山。
その麓のウォルカ。
「坊っちゃん、帰ってきましたよ」
セトは窓に手を当てて故郷を見た。
家はもうない。
だが、墓はそこにある。
「帰ってきた」
セトはそれだけ言う。
だが、懐かしい故郷だ。
たった数ヶ月でもそれは変わらない。
山崎の記憶があっても、セトはまだ七歳だ。
馬車が停まると、セトは駆けた。
まずは父、ゼラムの墓に挨拶をする。
「父さん、帰ってきました」
そして、母エーコ、師ケメルの墓にも。
「ここに、墓を建てる」
三人の墓の横、そこに穴を掘り、灰の入った小瓶を埋める。
墓石は三人のものより一回り小さい。
「キセム、そこで見ていろ」
セトはそれだけ言うと、ストラス山を登った。
相変わらずエスカレーターを使う。
「ホント、坊っちゃんの魔法は便利だぁ」
セトが魔法で動かすエスカレーターに乗り、タラップで座りながらサイコロをいじるハーレイは眠たそうにしている。
「…………」
セトは何も言わない。
(こいつ、ここで蹴り落としたらどうリアクションするんだ?)
そんなことを考えていた。
「セト!」
上から名前を呼ばれた。
見上げると、アメリアが手を振っているのが見えた。
「姉さん!」
セトも手を振り返す。
「あのお嬢さん、あんなに綺麗でしたかね?」
「褒めるならちゃんと褒めろよ。面倒なことになるぞ」
「どういう意味で?」
「だからお前はモテないんだ」
28歳独身彼女なし。
回復魔法に長けた治癒師のハーレイ。
戒律で聖職者の結婚は禁止されている。
だが、それが理由でモテないというのは間違いだ。
隠れて子を作って甥や姪と言い張ることは多い。
「お前は休みの間どうする?」
「カジノ」
「王都に戻るか?」
「チンチロリンで稼いで遊んできます」
「個人賭博は重罪だ。やめておけ」
「やめられたらやめますよ」
そうしているうちにエスカレーターは山頂に着く。
清々しいほどに晴れた空が近い。
「おかえり」
アメリアが笑顔で出迎える。
「ただいま、姉さん」
セトも笑顔で応える。
「俺、やっぱここにいようかな?」
ハーレイが独り言を言う。
「姉さん、マールさんは?」
「奥にいるよ。でも、もうあんまり動けないから」
「なんで?」
「病気って言ってた」
そこでハーレイが一歩前に出る。
「私めが!診察します!」
ビシィっと敬礼を決め、奥に駆け出した。
「どうしたの?」
アメリアはキョトンとした目でハーレイを追っていた。
「わからない。やる気があるならやらせればいいと思う」
セトも呆れた目線でハーレイを追う。
「それよりさ、聞いてほしいことがあるんだ」
「そりゃあたしだってあるわよ」
二人は手を取り合って岩窟院の中に入る。
「マールさんは一旦ハーレイに任せよう」
「大丈夫なの?」
「治癒師の腕は一級品だと思う」
「ふぅん」
「性格はポンコツの中でも下の下」
「へぇ~」
その日、セトは夜が明けるまでアメリアと話をした。
王都までの道のり、王都での出来事。
養成院での勉強。
そして、キセムのこと。
この日、初めてセトはキセムの死について涙を流した。
話している時に、どうしても止まらなくなった。
初めての従者。
キセムは四英雄の従者ではなく、自分の従者。
その従者を殺した。
初めて人を殺した。
話さずにはいられなかった。
ハーレイは一晩中マールの治療にあたった。
癌は広がり、ハーレイをもってしても完治は難しい。
余命は一年だろう。
それがハーレイの診断だった。
夜が明ける。
「アメリア、セト、いらっしゃい」
マールは二人に声をかけた。
「あなた達にはもう知っているでしょうけど、私は長くありません」
セトもアメリアも泣きそうな顔になる。
マールはアメリアの顔を見る。
「いいですか?アメリア、あなたにはまだ継承できていないものがあります。最後の一年はそれに使います」
アメリアは頷く。
次にマールはセトのほうを向く。
「あなたには、禁呪の鏡像魔法を教えます。悪用は厳禁ですよ?」
セトも頷く。
「おいで」
それだけ言うと、アメリアは両手を広げた。
「大丈夫です。あなた達姉弟なら。大丈夫」
マールは二人を両腕に抱き、頭を撫でた。




