第54話 侵蝕のキセム
セトの後ろで口を開く蛇。
セトはおそらく対処できない。
ハーレイも空を切るように拳を振り回すだけ。
(いきなりこうなるとは、想定外にも程がある)
「坊っちゃん!」
サファンは叫んだ。
そして、サファンの体が崩れた。
サファンの身体は数千の羽虫になり、羽を動かす大音量を伴って、セト、ハーレイ、王妃の組合に纏わりつく。
王妃の組合は動きを止めた。
ヒスイも動きを止めた。
「キセム!貴様!何をしている!」
ヒスイが叫んだ。
そこにはセト、ハーレイをヒスイの七つの蛇から遠ざけ、佇む一人の男がいた。
「坊っちゃんこそ英雄の器です!ここで死なせるはずがない!」
その男は言い切った。
そしてセトを見て言う。
「私はサファンではないのです。騙していて申し訳ありません。私は侵蝕のキセム。あなたがたが九従者と呼ぶ者です」
キセムはヒスイに向き直る。
「あなたの幻惑のカラクリは知っています。私は侵蝕。あなたのような魔法は使えませんが、私は皆さんの頭に入り込む」
再びキセムは羽虫に変わる。
その羽虫が耳から入り込む。
やがて耳を食い破り脳に達する。
幻覚作用に侵された箇所を食い、そして繋ぐ。
「坊っちゃんは英雄の器。ここで失うのは惜しい」
キセムはセトに言う。
「見えますか?あれがヒスイです。七つの蛇、王妃のドレスを着た足がゲジゲジの女です」
「見える」
「よろしい。ハーレイ、後方は頼みます」
キセムは駆け出した。
「坊っちゃん!蛇とゲジゲジはダメです!硬すぎる!どこでもいい!体に傷を!」
ヒスイもキセムを飲み込もうと口を開ける。
「何をごちゃごちゃと!」
七匹の蛇がそれぞれ高速で動き回り、セトとハーレイに向かってくる。
だが、ちゃんと見えていれば問題ない。
どこでもいいのなら、なおありがたい。
「的は広いってことだね」
セトは水分を固めて、十数本の氷柱を作り出し、突風で押し出す。
その氷柱はキセムを巻き込みながら、ヒスイの体に突き刺さる。
「蛇がどれだけ動き回っても、体が動かないなら的でしかない」
キセムの体は氷柱の命中した箇所から崩れ、それぞれが羽虫になってヒスイに向かっていった。
「完璧です、坊っちゃん」
羽虫になったキセムが、ヒスイの体の傷から侵入する。
ヒスイはビクビクと全身を震わせ、時折体のあちこちがポコポコと脈打つ。
そのまま、数千の羽虫はヒスイの体を食い破った。
ヒスイの目から光が消え、七つの蛇はだらりと地面に横たわる。
数千の羽虫が、ヒスイの身体から這い出してくる。
やがて羽音が止んだ。
「サファン?ヒスイは?」
「体の中から食い破りましたからね。臓器も何も中には残ってないですよ。あるのは皮だけ。中身はドロドロの食いカスだけです」
サファン?キセム?は何でもないことのように言った。
「それとですね、あの刺青ですがね。彼らの頭に入ってわかったんですが、あれはヒスイの魔法の影響を受けるためのものですね」
「アンテナ?」
「それがどういうものか知りませんが、ヒスイの影響下にあったのは間違いないです」
「どういう影響?」
「見聞きした情報はおそらく全てヒスイに知らされています。その上で、未来を見せられて誘導されたようです。そのように見える動きがありました」
「動き?」
「はい。脳の動きです」
「今はどうなってる?」
「おそらく問題ないでしょう。おかしなところは切りましたから」
セトは周囲を見回した。
向こうでハーレイが走り回っている。
治療をして回っているようだ。
「全員生きてる!」
その言葉にセトは胸をなで下ろした。
「ところで坊っちゃん、お願いがあります」
「どうした?サファンからお願いなんて」
「あ、どうか、私のことはキセムとお呼びください」
「それが願い?」
「いえ、願いというのは……」
キセムは言いにくそうな顔をした。
だが、それでも彼はセトの目を見て言った。
「どうか、私を殺してくれませんか?」




