第52話 処刑台の異変
「坊っちゃん、ここでは人が多すぎます」
セトの王妃への追求を妨げたのは、これまで俯いていたサファンだった。
セトの追求によって、王妃の表情はどんどん歪んでいく。
「人?」
「はい。ここで王妃が何かするにしても巻き込む人が多すぎます」
「逃がす時間や方策は?」
セトの問いに、サファンは首を横に振る。
「王妃殿下が注目する処刑です。娯楽としても一級品。移動させるにしても、数が多すぎます」
セトは改めて集まった群衆を見る。
磔台の前、コンサート会場顔負けのごった返した人々。
「目標設定は、俺たち三人の命。民間人は巻き込む可能性をできるだけ下げる。こんな感じか」
セトの呟きにサファンが反論する。
「ダメです。坊っちゃんはともかく、私とハーレイはお気になさらず。民間人を逃がすことを優先してください」
「なぜだ?民間人よりも優先するものがあるだろう」
「ダメです。民間人を優先してください。できなければあなたが受け継いだものの意味がない」
セトにはその真意がわからなかった。
「坊っちゃんさぁ、二人でなぁんか話してるけど、ここはさ、俺もいるんだよ?忘れてない?」
つい先程まで青い顔をしていたハーレイが再起動する。
「少々の傷なら俺が治す。退路の確保、後方支援は俺の一番の見せ場じゃないの。坊っちゃんの手足になるからさ、全員生かしましょうや」
三人の生存及び民間人の死者ゼロ。
限りなく成功率の低い挑戦になる。
味方は三人。
逃がすのは約五百人。
やるしかない。
「幸いにして大通りまで人が溢れているわけでない」
「しかし小道であっても、まとめて一つの道に人が一気に入れば危険です」
「分散して逃がす」
「できますか?」
慌てた群衆が一つの道にまとめて入るのは危険だ。
群衆雪崩は最も避けるべき。
「セト・ウォルカ!私は王妃だ!」
そこに王妃の声が響く。
「貴様!私が誰かと問うたな!私は王妃!貴様は罪人だ!」
群衆が騒ぐ。
処刑を待ち望んでいるようだ。
庶民の娯楽は多くない。
カジノなど、金をある程度自由に使える人間が行くものだ。
庶民の最も身近な娯楽。
それが処刑だ。
「磔にせよ!」
王妃の号令に従い、三人は磔台の前に移動する。
「ハーレイ、傷は治すと言ったな?」
「もちろんだ」
「どこまでだ?」
「致命傷以外なら、瞬きの間に」
「わかった。任せた」
セトは縄にかけられ、動かせない身体に向かって風魔法を当てる。
魔法への警戒はされていた。
しかしそれは群衆や王妃を守るため、または刑を妨害させないためのもの。
罪人自身が、自分に危害を与える魔法を使うなど、警備の対象外だった。
肩から腕の骨は外れた。
それ以外にも傷を負った。
激痛で意識が飛びそうになる。
それでも体はあり得ない動きが可能になり、縄から逃れた。
「嘘だろ!こっちは後ろ手なんだ!診断せずにやれってのか!?」
そのセトの無茶を見たハーレイが叫んだ。
「できるんじゃ、ないんですか?」
セトが言い終わる前に兵たちが動き出した。
「何をしている!」
「縛り直せ!」
兵が慌てて縄から逃れたセトに掴みかかる。
「ハーレイ!」
サファンはハーレイをセトの方に蹴り倒した。
ハーレイがセトの上に覆いかぶさる。
「ハーレイ。治療はあとでいい。とりあえず腕を動かしたい」
「クソが!どういうことだっての!」
セトの上に、兵やハーレイなどが折り重なる。
「何をしている!」
王妃が叫んだその時、広場の地面が揺れた。
「まずは慣れない異変を起こす」
揉みくちゃにされながら、セトは呟いた。
その揺れはゆっくりと、脈を打つように、あるいは波を打つように揺れた。
地震ではない。
立っていられない程ではないが、民衆達には体験したことのない事だ。
明らかに異変だ。
人々は何かよくわからない異変に、広場を出ようとする。
広場は円形。
最も近い道をそれぞれが選ぶ。
「次は、速度を落とす。走ればぶつかる。走らず、避けないと出れない」
広場の出口、建物と建物の間。
そこには大人の腹の高さにバーが出現していた。
当然、くぐるしかない。
セトの位置からそれくらいの範囲ならば、まだ視認できる。
視認できるならば、精密ではなくても魔法による操作はできる。
最も人が集まる所ほど人の流れは遅くなる。
遅くなれば、人は勝手に別の道を選ぶ。
そうして全体の移動する速度は落ちる。
「最後はもう一つ煽る」
ドン!!
セトに覆いかぶさる兵が吹っ飛ぶ。
風魔法をセトの超至近距離で使った。
ハーレイも巻き込まれて吹っ飛ぶ。
「ついでだ」
バァン!
火柱が立ち、磔台が燃え上がる。
その音を聞いて群衆の恐怖は煽られる。
「これで、いいかな?」
処刑台の上、腕がおかしな方向に曲がったままのセトが立っていた。
兵士は全員吹っ飛ばした。
「坊っちゃん、何を?」
腕が変に曲がっていても、動けば問題ない。
要は痛いから動かせないのだ。
「ありがとう、ハーレイ。とりあえず痛みだけ消してもらえて助かった」
関節の可動域はどうにもならないが、痛くなければ集中できるし、魔法は使える。
セトによって縄を解かれたハーレイとサファンがセトを見ている。
「こうすればさ、勝手にみんな逃げるだろ?速度も出せずに、ゆっくりと。ハーレイ、治療してくれる?」
セトはニッコリと笑ってハーレイに近づく。
ハーレイは引き攣った顔で頷いた。
「セト・ウォルカ!」
セトの後ろから王妃が叫んだ。
「貴様!よくも!」
群衆の避難はまだ完了していない。
その中で動かない一団がある。
おそらく、それが王妃の組合。
「殺せ!」
その一団が、セトたちに向かって走り出した。
そこには、カリムもいた。
「坊っちゃん!ここは私が引き受けます!」
サファンが声を張り上げる。
そして、兵が落とした槍を手に、王妃の組合に突撃した。
サファンが突撃すると、明らかに王妃の組合の動きが鈍る。
(なんだ?なにかがおかしい)
その様子は戦闘経験の少ないセトであっても見て取れた。
「何をしている!」
王妃が叫ぶが、状況は変わらない。
「ふざけるな。私は王妃だ。私こそが王妃なのだ………」
王妃の怒りの表情が崩れていく。
「私は死なぬ!私は!永遠に王妃なのだ!」
王妃の体がボコボコと脈を打つ。
下半身はドロドロに溶け、多足類の何十という足と体になった。
ドレスから細く長く伸びた腕は、人のそれとは比べ物にならない長さになる。
顔の皮膚は裂け、そこから七つの蛇の頭が姿を現した。
「お前たちは!私が見せる幸福の未来に跪くのだ!」
王妃の体は、人ではなくなった。




