第41話 同期生と集団受講
「坊っちゃん、ありゃなんです?」
朝、寮を出るとハーレイがセトに尋ねた。
ハーレイが指差す先には、昨日のアルジェスが従者を連れて立っていた。
「同期生、と聞いてる」
「ほぉん。そうですか」
なんでもないように通り過ぎようとしたが、
「セト・ウォルカ!昨日は悪かった」
アルジェスはセトに向かって謝った。
「坊っちゃん、何か言わないと……」
サファンがセトに返事を促す。
「え?ああ……はい。別に気にしてないので」
セトはそれだけ言うとスタスタと校舎に向かった。
「坊っちゃん、あの紋章はディターン家のもんですよ。結構大きな貴族だ。あの対応はないって。もうちょっとこう……」
ハーレイはなんとも言えない表情をしている。
「お近づきになれば、ほら、楽しい思いができるでしょうに」
「ハーレイ!お前、いい加減にしろ!」
後ろでハーレイとサファンが何か言い合いをしているが、セトは気にすることなく教室に向かった。
教室に着いたが、そこにはすでにカリムがいた。
「今日からお前は一般の訓練生に混ざって講義を受ける。だが、一部の講義だけだ。個別講義が必要なものは、また私が専属で教える」
一般の訓練生……
どんな人たちがいるのか……
セトには不安や緊張より、面倒そうという感想だけが強くあった。
教室に入ると、そこはそれまでの部屋とは違い、かなり広い場所だった。
訓練生は16名。
セトには全員の名前と顔を一致させる自信がなかった。
だが、一人だけ知った顔がある。
アルジェス・ド・ディターン。
彼の顔と名前だけは覚えていた。
教室にカリムと共に入ると、まずはカリムが教壇に立ち、セトを紹介する。
「二カ月前に編入した、セト・ウォルカだ。今日から一部の講義を共に受けてもらう。いいな!?」
「「「はい!教官!!」」」
全員の一斉に発せられた返事は、集団行動を叩き込まれたのだと予測ができた。
(これは、あれだ……)
セトの中の山崎の記憶が蘇る。
山崎の勤めていた電力会社では、入社すると技術や知識よりも先に集団行動を教え込まれた。
それは上意下達、チームワークのためだが、山崎にとってもう一度経験したいと思うものではなかった。
「セト、一言」
カリムに言われてセトが前に出る。
「セト・ウォルカです。よろしくお願いします」
それだけ言うと、指示された席に座る。
カリムと入れ替わりで入ってきたヒゲモジャの老人。
教官だろうか?
「今から神話解釈の授業を始める」
「「「よろしくお願いします!」」」
その返事はセトだけ呆気に取られて、タイミングを逃していた。
はじめ、世界には「形あるもの」と「形なきもの」があった。
「形あるもの」は、ただ漂い、「形なきもの」はその隙間をただ流れた。
やがて「形あるもの」は「形なきもの」と混ざり、それは泥のように凝り固まった。
その泥の重たいものは沈み、軽いものは浮き、また「形あるもの」と「形なきもの」に分かれ、それを繰り返した。
繰り返し混ざり合ううち、「形あるもの」は生命に、「形なきもの」は魔素へと形を変えた。
原初の命は、魔素を使って光を作った。
その光から天が生まれた。
原初の命は天に昇り、いまだ固まらず漂う泥を固めて大地を作った。
その固めて絞った水をまとめて海を作り、また大地を流れる水とした。
原初の命は大地に降り立ち、大地に命を分け与えた。
大地はその命と魔素を練り合わせ、野を作り、木を作り、やがてそれは森になった。
原初の命の息は風となり、それは雲となった。
原初の命は森と水、風に、命を分け与え、虫や魚、あらゆる獣が生まれた。
しかしそれらは、時が経つにつれて争うようになる。
それを見た原初の命は嘆き、その涙は雨になり、嘆きは雷となって天から降り注いだ。
そして大地に溢れる争いを治めるため、原初の命は、あらゆる命と自らを代償に、人を生み出し、火を教えた。
人は火を使い、獣を遠ざけた。
人は火を使い、強き力を得た。
「……セト・ウォルカ」
「……」
「セト!」
「……はい?」
「寝るなら帰れ」
「授業を聞いてます」
「寝ながらか?」
「長すぎて……」
「神話が長いのは当然だ」
爆睡だったのは、ヨダレを見れば明らかだった。
「授業中に寝るな」
「でも、起きてても分からない話でした」
「……何が分からなかった?」
「形あるとかないとか、原初の命とか、本当にいたってところです」
「神話解釈は事実として考えるのではない。それをどう解釈するか考察する授業だ」
「考察ですか?」
「そうだ。例えば、名の伝わらぬ九人の従者たち。この名を想像するのは、ただの予想だ。四人の英雄の名は伝わっているが、その功績を呼んで思いを馳せる。これはただの感想だ。それらを考察と呼ばないことと同じことだ」
セトは一瞬考える様子で、顎に手を当てた。
「よくわかりません」
セトの前途は多難のようだ。




