↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生贄の英雄 セト・ウォルカの物語  作者: 下山四郎
Disc01:幼少期─王立魔法士官養成院─
39/139

第39話 初等教育の終わり



養成院に編入して二ヶ月が過ぎた。

最初の一ヶ月は、文字を読むことだけで精一杯だった。


それからさらに一ヶ月。

知っている単語であれば、簡単な文章を書くこともできるようになった。

幸いだったのは、この国の書き言葉と話し言葉がほぼ一致していたことだ。


「よし。これなら、ある程度はいけるか」


カリムはそう言うと、セトの前に分厚い書物を何冊も積み上げた。


ドサッ。


「…………これは?」


あまりの量に、セトはそれ以上の言葉が出なかった。


「これから教えていくものだ」


カリムは平然と答える。


「全部?」

「全部だ」


セトは一冊を手に取った。

表紙には魔法学と書かれている。

次の一冊は生物学。

その隣には物理学。

数学。

神話解釈。

その他にも、見慣れない題名の本が何冊もある。


パラパラとページをめくる。

どれも文字ばかりだ。


(詰め込み教育か?)


セトの脳裏に、前世の学校教育が浮かぶ。


(やべぇ……)


二ヶ月かけて、ようやく文字を覚えた。

そして今度は、それを使って大量の知識を詰め込まれるらしい。


セトは積み上げられた本の山を見上げた。


「……これ、全部覚えるんですか?」

「そう言っただろう」

「いつまでに?」

「卒業するまでだ」

「…………」


セトは黙って本を見た。


二ヶ月前まで、文字すら読めなかった。

今は、その文字で書かれた知識の山を前にしている。


「カリム先生」

「なんだ?」

「これ、全部読めばいいんですか?」


カリムは少しだけ考えた。


「読むだけでは足りん。理解しろ」

「…………」


セトは本を一冊開いた。


「……やっぱり、詰め込み教育じゃん」


カリムは聞かなかったことにした。


「お前は編入のうえに、読み書きだけで時間を取られた。他の同期よりも遅れていることを自覚しろ。しばらくは私と一対一で進める」

「どのくらい?」

「まずは同期が今どこまで進んでいるかを把握する。その上で、お前が理解できていない部分を埋める」

「わかりました」


セトは大量に並べられた本を床に置いた。


「何をしている?」

「邪魔で」

「その本はお前が使い終わった後、別の新入生が使うものだ!大切に扱え!」


じゃあ、どこにしまえばいいんだ?

とはセトは聞かなかった。


「とりあえず、後ろの戸棚にしまってこい。まずは魔法学からだ。魔法学の本だけ出しておけ」

「はい」

「……一つ言っておくことがある」


カリムがセトを見る。


「お前は知識を覚えることより、知識を使うことのほうが得意だ。だからこそ、基礎を疎かにするな」

「基礎?」

「ああ。知らないことを知らないまま理解したつもりになるな」


セトは少し考えた。


「……難しいですね」

「だから勉強するんだ」


カリムはセトが席に戻ったのを確認すると、魔法学の本を開いた。


「この程度なら、他の一年目はすでに終えている」

「はい」

「まず、この術式について説明しろ」

「え?」

「わからないか?」

「いや……書いてあることは分かります」


セトは本を覗き込む。


「でも、これって効率悪くないですか?」

「…………何?」

「この部分です。ここで魔素を一度外に出す必要があるんですよね?」

「そうだ」

「だったら、ここをこうすれば──」


セトは紙に簡単な図を書いた。

カリムは黙ってそれを見た。


「……セト」

「はい」

「お前、魔法学は初めてだよな?」

「たぶん」

「…………ケメル元隊長に師事していたな」

「はい」


(あの婆さん、なにを教えた?)


「ケメルさんをご存知なんですか?」

「ご存知?俺はケメル元隊長の部下だった。あの頃はまだ下っ端だったがな」


(魔素の効率運用?何を叩き込んだ)


「ケメル元隊長から何を学んだ?」

「魔法の使い方です」

「具体的には?」

「魔素をどう動かすかとか。無駄に使わないとか」


カリムは眉を寄せた。


「それだけか?」

「あと、魔法は便利だけど、使い方を間違えると危ないって」

「……」


カリムはもう一度、セトが書いた図を見る。


「この術式のどこが悪いと思った?」

「魔素を外に出してから、もう一度取り込んでますよね?」

「そうだ」

「だったら、最初からここで繋げればいいと思います」


セトは指先で図をなぞる。


「外に出す必要がなくなります」

「理屈は?」

「……そのほうが無駄がないから?」

「…………」


カリムは黙った。


それは、魔法学の基礎を学んだ者なら気づくような単純な話ではない。

術式そのものを理解し、その構造を見たうえで、より効率的な魔素の流れを考えている。


「ケメル元隊長は、お前に術式を教えたのか?」

「はい」

「どのくらい?」

「一年ほど」

「……そうか」


カリムは椅子に深く腰を下ろした。


ケメル・ターブル。


かつて自分が仕えた隊長。

戦場では風魔法の効率運用にかけて右に出る者はいなかった。

そのケメルが、なぜこの七歳児を教えていたのか。


そして──


「セト」

「はい」

「お前は、自分が何を学んでいるのか理解しているか?」

「勉強してるんですよね?」

「……そういうところだ」


カリムは小さく息を吐いた。


どうやら、この少年に必要なのは知識だけではない。

自分が何を知っていて、何を知らないのか。

それを理解するための教育から始めなければならないらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。