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生贄の英雄 セト・ウォルカの物語  作者: 下山四郎
Disc01:幼少期─王立魔法士官養成院─
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第38話 鐘の音



最初の一週間で文字を覚えた。

十日目には簡単な文章を読めるようになった。

二週間目には辞書を使い始めた。

一ヶ月後には簡単な報告書まで読めるようになった。

だが、問題は読むことではなかった。


「坊っちゃん、なんで文字は読めるの書けないんですか?綴りが違いますよ」


文字そのものは音を表し、その音を表す文字を組み合わせて単語を作る。


自習中、サファンがセトの書いた文章を覗き込む。


「だって、このほうが読みやすいよ?」

「読みやすいとかじゃないんですよ」


サファンが教えるが、綴りで躓く。

セトは首を傾げる。

この世界の文字は、山崎の知っていた漢字とは違う。

セトには、それがどうにも馴染まなかった。


「だって、読めるんだからいいんじゃないの?」

「よくありません」

「意味は伝わるよ?」

「伝わりません。綴りが違えば違う言葉、違う読み方です」


サファンはセトの書いた文字を指差した。


「この単語は、こう書くんです」

「でも、僕にはこっちのほうが分かりやすい」

「坊っちゃんだけがわかっても、他の人がわからないと意味がありません」


読み書き。

その両方を身につけることは、思った以上に難しかった。


「同じ音でしょ?」

「同じ音ではありません。発音もかわります」

「……面倒だな」

「言葉は正確に覚えてください。軍務において、重大なミスにつながります」


ハーレイは別のことが気になっていた。


「坊っちゃんの遅刻癖はどうにかならんのですか?」


暦は30日で一ヶ月。

十二ヶ月で一年。

年末と年始に日付の割り当てはなく、日数のみを数える。

そしてその日数は毎年変わり、それが閏日の調整も兼ねていた。


一日は二十四時間。

時計はある。


「鐘があっても起きないんじゃ意味がないんですけどねぇ」

「だって眠たいし……」

「寝るのが悪いんじゃないですよぉ。起きないのが問題なんです」


セトは起きない。

なかなか起きない。

寝起きの悪さはピカイチだ。


「毎朝ですよ。鐘が鳴ってから起きてくるじゃないですか」

「だって、鐘が鳴ったら起きればいいんでしょ?」

「鐘が鳴る前に起きるんですよ」

「なんで?」

「……そこからですかい」


呆れたようにハーレイは頭を抱える。

その様子を見てサファンが口を開いた。


「鐘は招集の合図です。集まるのが鐘の時間ですよ。そこで起きたのでは間に合いません」

「変なの」

「そういうものです」

「時計ってさ、どこで売ってるの?」

「街に出ればあると思います」

「部屋に時計を置く。鐘の時間の前に、時計から音が鳴るようにする」

「それで起きれますか?」

「鐘の音で起きてるから、鐘の音が鳴るようにする」


どうやって?とは二人とも聞かなかった。


その日の授業が終わり、街で時計を買って部屋に戻ると、セトは針と文字盤に加工を始めた。


針……

分針と時針が6時30分を指したとき、ここで反応するように作ればいい。

7時00分の鐘に間に合う。


歯車そのものを作り直すのは難しい。 ならば、時計の機構には手を加えず、針の動きだけを利用する。

時針と分針が特定の位置に来たとき、接点が触れる。 そこから魔素を流せばいい。


「継電器と同じ要領……」


山崎の記憶を辿る。

電気を流す。 接点が動く。 回路がつながる。

そこに呼び鈴を繋げれば──


「できた!」


目覚まし時計を作り出した。


──翌朝。


カチッ。

チリリリリリリリリッ!!


「うるさい……」


セトは目を覚ました。


「成功……」


そう呟いて、二度寝した。


「ゴォォォォォン!!」


そして、30分後の鐘の音で起きた。

そこには従者二人の顔があった。


「喧しいだけで意味がないじゃないですか。これ」


ハーレイは目覚まし時計を指さしていた。


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