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生贄の英雄 セト・ウォルカの物語  作者: 下山四郎
Disc01:幼少期─王立魔法士官養成院─
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第37話 初日の遅刻



編入初日。

寮の中では、ある噂が広がっていた。


──子どもがいる。


養成院に十五歳以下の学生がいること自体は、珍しくない。


だが、今回の「子ども」は明らかに違った。

未成年どころか、十歳にも満たないように見えた。


しかも、一人部屋を与えられている。

そのうえ、二人の従者まで連れている。


「貴族か?」

「さあな。どこかの大貴族の子息じゃないか?」

「でも、編入だろ?」

「今頃編入って何なんだ?」

「しかも士官課程の一年目だろ?」

「春から始まってるのに?」


春の入学から、すでに数か月。

夏になってから一年目へ編入してくるなど、異例中の異例だった。

編入なら、ある程度の経験を積んだ者が、二年目や三年目から入ってくるのが通例だ。


だからこそ、噂は瞬く間に寮中へ広がっていった。


その噂の中心にいる本人はというと──


「……眠い……」

「坊っちゃんさぁ、その寝坊癖直さないとマズいと思うよ」

「……あと五分……」

「駄目です」

「じゃあ十分……」

「もっと駄目です」


ハーレイとサファンは、ベッドから出ようとしないセトを見下ろしていた。


今日は編入初日。


寮の入り口では、すでに他の訓練生たちは校舎へと移動を始めている。


ところが、当のセトが来ない。

心配になった二人が部屋まで起こしに来たのだ。


二人の従者を伴っているのではない。

ただの、お守りだった。


「坊っちゃん、今日は初日ですよ。総長のところに行かないといけません」


初日に総長ガリオンから編入する課程や授業方針などの説明を受ける予定だった。


「あのジジイなかなか面倒なんですけど。特に時間とか」


セトには、時計を見る習慣がなかった。

山崎の記憶には時計がある。

だが、ウォルカで暮らしていたセトにとって、時間とは日の出や日没、食事や睡眠で測るものだった。

時計など見たことはない。


「時間って?」


セトのその言葉に、従者二人は呆れ、無理矢理叩き起こして服を着替えさせた。


服は訓練生に貸与されるもの。

昨日持ち込んだ荷物と共に、クローゼットに放り込まれていた。


「ったく、荷解きしたって散らかったままじゃないですか」


ハーレイが愚痴をこぼしながらセトを着替えさせる。


「では、行きますね」


サファンはセトを担ぐと、駆け足で総長室へと向かった。

乱暴に肩に担がれただけのセトは、ガクガクと揺れ、眠気など吹っ飛んでしまった。


「……遅い」


ガリオンは部屋のドアを開けたサファンに対して、一言圧のある言葉を発した。


「申し訳ありません」


サファンはセトを担いだまま頭を下げる。


「なぜ遅れた?」

「寝てました」


ハーレイがセトを指差しながら軽く言う。


「………降ろせ」


そのガリオンの言葉で、セトは降ろされたが、ガタガタと揺れて運ばれたため、気分は最悪だ。

朝ごはんも食べていない。


「初日から寝坊とは、肝が据わってるではないか」

「すみません。時間を知りませんでした」

「通告したはずだが?」

「時間、というものを知りませんでした」


その言葉にガリオンは頭を抱えた。


(幼児期の教育を何もされていないのか……いや、必要なかったのか……)


「セト・ウォルカ。お前には、本来の家単位で行うはずの初等教育がまるでない。まずはそこからになる」


小学校レベルということだろうか?


「他の学生と混ぜるわけにはいかん。少なくとも、初等教育が終わるまでは」

「………はい」

「カリム」


名前を呼ばれ、部屋のなかに試験の監督をした男が入ってくる。


「カリム・フローだ。今日からお前の教官になる。初等教育が終わるまでは、専属教官になる。カリムに師事し、学べ」


カリムは一歩前に出た。


「今日からお前の教官になるカリムだ。案内する。ついてこい」


カリムは足早に部屋を出ていく。

歩幅をセトに合わせることはない。

スタスタと歩くカリムに、セトは小走りでついていった。


食堂、運動場、模擬闘技場など、施設の案内が終わり、部屋に案内される。


机は二つ。

教官用と訓練生用。


「座れ」


ドン!


セトが席に座ると、机の上に辞書の束が置かれる。


「まずは読み書きだ。これができなければ、どんな授業に出すこともできない。できるだけ覚えろ」

「語学は苦手なんですけど」

「語学などという小難しいものではない。日常のものだ。妙な言葉を使うな」


山崎も語学は苦手だった。

語学には慣れが必要だ。

理数系とは明らかに違う才能の分野。


セトは壁のように積まれた辞書を見て言った。


「朝ごはん食べてからじゃダメですか?」

「寝坊したから食えなかっただけだろう!?」


カリムは、頭を抱えながら授業を始めた。


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