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生贄の英雄 セト・ウォルカの物語  作者: 下山四郎
Disc01:幼少期─王立魔法士官養成院─
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第32話 戦場模型



王立魔法士官養成院。

そこに足を踏み入れたセトは、一室に通され、紙に名前などを書くよう言われた。

目の前には、試験官か面接官かわからないが、厳つい顔をした男性が座っている。

男は推薦状に目を通していた。


紙は羊皮紙のような、分厚い紙。

きっと紙そのものが高級品なのだろう。


だが、問題がある。

セトは字を知らない。


「字………知らない」


男性の手が止まった。

一瞬、何のことかわからなかったらしい。

やがて推薦状から目を離し、セトの顔を見る。


「……読めない、ということですか?」

「字を、知らないです」


セトは悪びれもせず答えた。

ウォルカでは、文字など必要なかった。

ケメルの魔法講座も、すべて口伝だった。

セトが文字を知る機会はなかった。


結局。


セトの編入試験は、試験官による代筆から始まった。


「名前は、セト・ウォルカ……ウォルカ村の生き残り?」

「はい」

「なるほどね。推薦状にある通りですか。どうやら教会はあなたに大きな期待をしているようだ」

「…………」

「私にはそうは見えない」


男は推薦状を机に置いた。


「字も書けないような山奥の子ども。私には、そう見えるね」


男は身を乗り出し、セトをじっと見つめた。


「君は、逃げた。家族を捨て、姉とともに。親は死に、隣人は死に、師であるケメル元隊長も死んだ」

「………」

「逃げたこと。敵に背を向けたこと。君はどう思うかね?」


ウォルカの惨劇が頭をよぎる。

母、エーコが駆け、死んだ夜。

父、ゼラムが命をかけた夜。

師、ケメルが散った夜。


「逃げました。追い散らされて」

「それで?」

「生き残って、強くなります」

「それから?」

「生き残ること。最後まで生きていれば、勝ちです」


男は腕を組んで仰け反った。


年相応に泣くのではない。

綺麗事も並べない。

ただ勝つこと、それだけを語った少年。


(煽るだけ、無駄か)


「わかりました。それでは、これから試験を始めます。まずは、こちらへ」


通された奥の部屋には模型があった。


「これは戦場模型。とある戦場を再現した模型です」


男は模型に触れる。

すると模型の枠が光り、模型の中に印が立つ。


「青はあなたの軍、赤は敵軍、白は民間人、黒は所属不明、灰色は負傷者。あなたはこの部隊の指揮官です。目的は敵軍の撃破ではありません。民間人を全員退避させ、味方部隊を可能な限り生存させつつ、三時間後に本隊と合流してください」


男はセトを見た。


「あなたなら、どうしますか?」


セトは少し考えて質問した。


「質問は許可されますか?」

「答えられる範囲内で」

「……これ、動かせるんですか?」

「可能です。あなたが模型に触れ、青を動かすことができます」

「敵軍……赤は、俺たちを追ってきますか?」

「私が動かします。当然追います」


セトは模型を覗き込んだ。

青。赤。白。黒。灰色。

それぞれの意味を頭の中で整理する。


「この模型って、どこまで正確ですか?」

「……?」

「川の水量、風向き、地面の傾斜、敵の魔法士の魔力、全部再現されていますか?」


男はこれまで受けたことのない質問をされ、目を見開いた。


「ある程度、というところまでは……」

「ある程度……なるほど」

「方角は?」

「そちらから見て奥が北です」


セトはもう一度模型を具に見る。

東西に走る川。

橋は一箇所のみ。

街道にあるものだけ。

川は東の森から出ている。

東の森は地続きで、森の裏手に黒がいる。

北側は赤の陣、南に青の自陣。


「この、白は、動きますか?」

「基本的には青を追うように動きますが、一部は不規則に動きます」

「法則はないんですね?」

「不規則な動きです」


男にとって想定外の質問だった。


「黒は?」

「所属不明ですからね。状況により変化する、とだけお伝えします」

「わかりました。灰色は基本的に青が動かす。その分移動速度は落ちる、と考えていいですか?」

「ええ。そういうことですね」


男は質問に答えているが、内心は違った。


(文字が書けない子供だと思ったが、なかなか………ここまで詳細に確認する奴はいない)


「敵を倒すより、橋を落としたほうが早いです」


セトがブツブツと言いながら戦略を組み立てる。


「ここに火を使えば風向き次第で敵陣まで燃える………そもそも、この街道を封鎖すれば敵は進めませんね」


セトは模型に触れて操作を始める。


「動かします」


それだけ言うと、青の軍は街道の封鎖を目的として動き出す。


「橋を壊します」


それを阻止するように赤が動く。


「ここを動かします」


青の一部が囮として森を迂回し、黒に攻撃をして逃げる。


「……わざと攻撃するのか?」

「はい。黒が敵か味方かわからないなら、赤とぶつけます」


逃げた先には、街道を封鎖を阻止する赤がいる。

青の囮部隊は赤によって壊滅させられた。


「味方を囮にするのかね?」

「はい。青を全員生かすとは聞いていません」


追ってきた黒と赤の戦闘が始まる。

これによって、青は白、灰色の全てを戦場の外に離脱させた。


「……終了です」


男はしばらく模型を見つめていた。

セトは顔を上げる。


「これで、課題の合流はできますよね?」

「……できる」

「じゃあ、終わりですか?」

「……ああ」


男はそう答えた。

だが、その顔には先ほどまでの侮りはなかった。


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