第30話 王都マクレラン
あの夢が、頭から離れなかった。
『 パージ…… 』
あの声は誰だったのか。
あれは、なんと言っていたのか。
考えても、答えは出ない。
バレンタで迎えた朝は、気分のいいものではなかった。
セトは足早に馬車へ乗り込む。
「出発しますよ、坊っちゃん」
「……はい」
馬車はバレンタを離れ、王都マクレランを目指して走り始めた。
バレンタは二つの峠に挟まれた盆地にある。
ウォルカへ向かうタリカス峠。 そして、王都へ向かうライハンド峠。
王都までは、徒歩なら四、五日はかかる道程だ。
だが。
「この馬車、本当に便利ですねぇ」
ハーレイが座席に身体を預けながら呟く。
「そうですね」
セトは窓の外を眺めた。
昨日までなら、あれほど苦痛だった峠道も、今ではほとんど揺れを感じない。
馬が疲れれば、ハーレイが回復魔法を使う。
そのまま速度を落とすことなく、ライハンド峠を越えていく。
途中で一度野営を挟み──
その翌日の夕暮れ。
「……見えてきました」
御者の声に、セトは顔を上げた。
遠くに、巨大な城壁が見える。
その向こうには、今まで見たどの街よりも大きな建物が連なっていた。
「あれが……」
セトは思わず窓から身を乗り出した。
「王都マクレランです」
マグナが答える。
セトはしばらく、その景色を眺めていた。
「デカい………」
それが王都、王城を見たセトの第一声だった。
城壁に囲まれた街。
その壁の先は見えない。
王城は天に届くのではないかという高さ。
外からでも王城が飛び抜けて高い建物だということは見えた。
「まぁ、王都ですから。そりゃデカいですよ。俺はそれより、この馬車の方がすげぇと思いますけど」
ハーレイは見慣れているのか、関心を示さない。
「坊っちゃん、予定よりかなり早く到着しています。予定では予備日も含めて20日の旅程でした。まだ半分も経たずに着いています」
マグナがセトに話しかける。
「編入日を早められるか、確認して参りますので、先に宿に入ってお休みください」
確かに疲れている。
しかし、セトの関心は他にあった。
「ちょっと、見て回りたい」
タリカス峠では野盗に襲われた。
バレンタでは観光する時間はなかった。
セトはその年齢相応に、観光がしたかった。
「そうは言われましても……」
マグナは言葉を濁し、断ろうとする。
「いいんじゃないですか?俺らで護衛につきますから」
ハーレイはセトの護衛につくといい、サファンも頷いている。
「はぁ。わかりました。私が戻るまでです。日没まであと僅かな時間ですが、それでもよろしいですか?」
マグナの言葉に、セトは目を輝かせながら、壊れたオモチャのように繰り返し頷いた。
「サファン、ハーレイ。坊っちゃんの護衛は任せた」
王城の門の通過は難なく終わった。
通行証のようなものを見せ、セトたちは王都に入る。
マグナは一人、街の奥に消え、残された三人は王都を見て回った。
「これなに?」
「これは?」
「これ何売ってる店?」
セトは目にする物全てに興味を示した。
やがて露店が並ぶ一角を見つけた。
「あれは?」
セトは山崎の記憶にある屋台のようだと思った。
「あれは庶民の台所ですよ」
ハーレイが何でもないことのように言う。
「見に行こう!」
駆け出すセトを護衛の二人が追う。
お祭りみたいだ、それがセトの第一印象だった。
食べ物の匂いが漂い、活気がある。
「俺もやる」
突然セトが立ち止まる。
露店と露店の隙間。
人が三人も立てないほどの狭いスペースを指さして、何か思いついたように言う。
「何をです?」
サファンが首を傾げた。
「俺もお店やる」
「……何を売るんです?」
「砂糖を加工して売る」
「砂糖?」
セトは屋台を見ながら、山崎の記憶を探る。
「綿飴」
「……?」
「砂糖を細い糸みたいにして、固めるんだ」
「そんなことできるんですか?」
「たぶん」
セトはハーレイを見る。
「砂糖買ってきて」
「俺が?」
「護衛でしょ」
「護衛って買い物も含まれるんですかねぇ」
「ハーレイ、買ってきて」
「はぁ~、はいはい」
ハーレイが面倒臭いという気持ちを、全身で表現するかのようにダラダラと買い物に行く。
「坊っちゃん、商売するにしても、場所代などは……」
「売れたら払う」
「そうじゃなくてですね……」
「たぶん売れる。だから大丈夫」
「売値とかは……」
「砂糖の値段次第」
何も決まらないまま、ハーレイが戻ってくる。
そして勝手に綿飴作りが始まる。
セトは器に砂糖を入れ、火の魔法で熱した。
砂糖が溶ける。
「……ここからだ」
セトは細い風を起こし、溶けた砂糖の周囲を一定方向へ回転させた。
風に引かれた砂糖が、細く伸びていく。
「おお……」
白い糸のような砂糖が、器の周囲に次々と絡みついていく。
溶けた砂糖が、風に引かれて細く伸びていく。
やがて器の周囲に、白い糸のような砂糖が絡みついた。
「できた」
「……何ですか、これ」
サファンが目を丸くする。
「綿飴」
「砂糖……ですよね?」
「砂糖だよ」
できた綿飴を売る。
目の前で綿飴が作られる様子に、露店に来ていた客たちもマジマジと見ている。
「おいしいよ。千切って食べてみて」
セトはそう言って、目の前にいた子どもに手渡した。
子どもは恐る恐る一口食べ、顔をほころばせる。
「おいしい!」
その一言が呼び水になった。
綿飴はあれよあれよと売れ、手元にはズシリとする売上金だけが残った。
「坊っちゃん、商売って楽しいですねぇ」
「本当ですね」
「俺、お金預かっておきますよ」
「いいんですか?」
「もちろん。俺はこれを持って先に宿に行きますから、坊っちゃんたちはもう少し見て回ったらどうです?」
セトはサファンと顔を見合わせた。
「じゃあお願いします」
「はいはい」
日が暮れ、宿に入ると、そこにはマグナがいたが、ハーレイの姿はない。
「マグナさん。ハーレイは?」
「ハーレイ?見ていませんが?」
ドン!
サファンが、宿の壁を拳で叩いた。
「あのバカ……連れ戻してきます」
それだけ言うと、サファンは宿を飛び出した。
向かう先はカジノ。
カジノの入り口に着くと、ハーレイが従業員らしき人たちに抱えられて放り出されるところだった。
「ハーレイ!」
「おお、サファン。お迎え?ありがとう」
「違う!坊っちゃんの売上は!?」
「ん?スッカラカン」
ハーレイは悪びれる様子も無く、笑いながら答えた。




