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生贄の英雄 セト・ウォルカの物語  作者: 下山四郎
Disc01:幼少期─ストラス山の少年─
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第3話 不思議な子



「飯食っただろ?早く寝ろ!」


そう言ってゼラムは息子のセトを叱りつける。

夜の闇は深く、火を灯したとしても大した明かりは得られない。


もう夜だ。

子供なら、とっくに寝ている時間だった。

なのにセトは、まだ起きている。


セトはなぜか夜更かしを好んだ。

二歳頃から皿の上に置いた木屑に火を付け、明かりを得ようとしていた。

誰も教えていないのに。


「セトは寝たか?」

「たぶん」

「たぶんか」


ゼラムとエーコは、小さな明かりの灯る食卓で話している。


「本当に、変わった子だ」

「ええ、本当に」


セトはゼラムとエーコの実の子ではない。

六年前、北の山の寺院でもらい受けた養子だ。

親が誰なのか、本当の名前がなんなのか、それもわかっていない。

セトという名は、彼ら夫婦が名付けたものだ。

ただし、セトにはまだ何も話していない。


「あの頃は、まさかこんな子になるとは思わなかったわね」


エーコが小さく笑った。


「仕方ないだろ。俺たちには子供ができなかったんだから」

「ええ……」


エーコは少しだけ視線を落とした。

二人は長い間、子供を望んでいた。

だが、何年経っても授かることはなかった。

医者に診てもらったこともある。

薬を試したこともある。

それでも、子供はできなかった。



そんな二人は、ある日、寺院に向かった。

神に祈り、願いを叶えてもらうためではない。

ただ、悲しかったのだ。

辛かった。

それを神に聞いて欲しかった。


北の山の寺院につき、礼拝をしていると、赤ん坊の泣き声が聞こえた。

古い石造りの寺院。

噂には古代文明の頃から続くというボロボロの建物だ。

その石壁に赤ん坊の声はよく響いた。


「ちょっと見せてもらってもいい?」


奥で子供をあやす女性に声をかけた。

採光用に空けられた窓から光が入り、その部屋は明るく見えた。

女性は白いベールのような布をかぶり、顔は逆光でよく見えない。


「………どうぞ」


一瞬だけ躊躇った様子だったが、エーコに赤ん坊を渡した。

元気な、とても大きな声で、顔を真っ赤にして泣く、可愛い赤ん坊だった。


エーコは赤ん坊を抱きしめた。

可愛い。

それだけはわかった。

なのに、涙が止まらなかった。

嬉しいはずなのに。

ずっと欲しかったはずなのに。

どうしてこんなに悲しいのか、自分でも分からなかった。


「なんで、あなたは私たちのところに来てくれなかったの?」


それは、待ち望んだ子を宿すことのできない自分に対する、深い諦めの言葉でもあった。


この寺院に一人で住み、祈りを捧げる巫女のマールは、その様子を見ながら考えていた。


数日前、一人の赤子を保護した。

身元は分からない。

親も分からない。


これまでにもこの山奥の寺院に捨てられる子は確かにいた。

だが、この寺院は、たった一人、役目をこなすためだけにある。

その子たちを育てることはできなかった。

この寺院には、マール一人しかいない。

食料も、自分一人が生きていく分しかない。

だから子どもたちは、皆、短い生を終えた。

寺院から少し離れた開けた場所に、墓だけが残っている。


「この子を、育ててみませんか」


ここで育てるよりも、遥かに栄養状態は良く育つ。

マールはそう判断した。

この寺院での祈りは続けなければならない。

孤児よりも、マールを、巫女を優先する。

そういう場所なのだ。


「………え?」


まさかそう声をかけられるとは思っていなかった。

ゼラムもエーコも何を言われているのかわからない。


「ここでは、この子は育てられません。引き取って育てていただけますか?」


マールはもう一度、ゼラムとエーコに言う。

この寺院で育てる、その選択そのものが破綻に向かう可能性があった。

マールとしても、この子は手元に置いておきたかった。

数日前から世話をしているうちに、情が移っていた。

それでも、巫女として考えれば答えは決まっている。

自分がこの子を育てれば、この子は生きられない。

ならば、自分の手から離すしかない。

この子の発育にとって、いい選択肢が目の前にある。

それなら、それに託すのが最善に思えた。


「私たち?」

「ええ、あなたがたです」

「でも……」

「ここでは、育てられないのです」


マールは、この子の事情を説明した。

数日前に寺院の前に捨てられていたこと。

ここでは、衰弱するだけだと言うこと。

話せることは、全て伝えた。


「まだ、名前もないのです」

「………」

「名前を、この子にあげてください」


ゼラムとエーコは顔を見合わせ、ゼラムが口を開いた。


「男の子なら、セト。女の子なら………」


エーコは赤ん坊の顔を覗き込んだ。


「……この子、男の子よね?」

「そうです」


マールが答えると、エーコははっきりと言い切った。


「じゃあ、セトでいいわ」

「随分あっさりだな」

「だって、もう決めちゃったもの」


エーコは赤ん坊を抱き直した。


「今日から、この子はセトよ」


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