第28話 街道の街
野盗騒動から一夜明け、セトたちは再び街道を進んだ。
その後は、野盗に出くわすこともなく、一行は旅を続けた。
改造馬車は快調だった。
車体の振動は少なく、馬への負担も以前とは比べものにならない。
疲労が見えれば、ハーレイが回復魔法を使う。
その結果。
本来なら五日かかる道程を、わずか二日で走破した。
ストラス山を出て三日目。
夕暮れを迎える頃には、一行は目的地であるバレンタへ到着した。
「……速すぎません?」
御者が呆れたように呟く。
徒歩なら二日かかる山道を一日。
さらに五日の街道を二日。
本来なら一週間近くかかるはずの旅程を、半分以下に縮めてしまった。
原因は、馬車だった。
揺れが減ったことで、馬の脚への負担が軽くなった。
速度を上げても車体が大きく跳ねることがない。
そして何より。
「……なんだ、あれ?」
バレンタの門へ近づくにつれ、道行く人々が馬車を振り返り始めた。
見慣れた馬車とは明らかに違う。
車輪と車体の間に見慣れない機構が組み込まれ、車軸にも奇妙な部品が使われている。
「新しい馬車か?」
「貴族の馬車じゃないのか?」
「いや、あんな形は見たことないぞ」
次々と向けられる視線。
セトは窓から外を眺めながら、首を傾げた。
「……そんなに珍しいかな?」
「坊っちゃん」
マグナが苦笑する。
「珍しいどころか、私はこのような馬車を見たことがありません」
「そう?」
「そうですよ」
その隣で、ハーレイが欠伸をした。
「私は知ってますけどねぇ」
「どこで?」
「さっき坊っちゃんが作ってるとこで」
「……」
セトはハーレイを見る。
「そういう意味じゃないです」
「そうですかぁ」
ハーレイは興味なさそうに窓の外へ視線を戻した。
やがて、巨大な門が見えてくる。
その向こうに広がっていたのは、多くの人と馬車が行き交う大きな街だった。
「ここが……バレンタ」
セトは初めて見る街に、思わず身を乗り出した。
ストラス山を出て、三日。
ようやく最初の目的地へ辿り着いた。
「医者!誰か!医者は!」
通りの向こうで壮年の男性が大きな声を張り上げている。
「娘が!娘が!」
御者が馬車を停めて、様子を見る。
セトも外の様子が気になる。
「大丈夫ですよ、坊っちゃん。こんな大きな街だ。医者くらいちゃんといますから」
ハーレイは気にする様子もなく、外に集まる群衆を指をさして数えていた。
「……一、二、三……」
「何してる?」
「見てる人の数を数えてるんですよ」
「なんで?」
「なんとなく」
「……」
「坊っちゃん、賭けません?」
「何を?」
「ここに、あと何人集まるか」
「嫌だ」
そんな馬車の中など知らず、壮年の男性は大きな声で叫び続けた。
「娘が!娘が死んじまう!」
その瞬間だけ、ほんの一瞬ハーレイの顔からふざけた感じが消えた。
「気になる?」
セトはその表情の変化を見逃さなかった。
「……あー、ふぅ、仕方ないですね」
ハーレイはそれだけいうと、マグナを見る。
マグナは頷き、ハーレイは馬車を降りた。
「あー、そこのおっさん!娘さんとこ案内して!」
ハーレイは男性に声をかける。
そのあまりも失礼な物言いに、セトとサファンも馬車を降りた。
マグナは頭を抱えていた。
「あんた!医者かい?こっちだ!」
案内された家には、娘の周りに数人の男がいた。
医者のようだが、なにやら話し合っている。
「あのさ、あんたら医者?雁首並べて何してんの?この娘さん死ぬよ?」
ハーレイはそれだけ言うと娘に近づいた。
「ははぁん。臍帯が首に巻きついてるね。で、あんたらこのまま放置?」
「放置しているわけではない!だが、これ以上は──」
「うん。あー、そういうのいらないから。下がろうか」
ハーレイは他の医者たちを下がらせる。
「胎児の心拍が弱い。母体の腹部の張り方も変だし、さっきから胎児の動きが妙に少ない」
「……見ただけで?」
「見ただけじゃないですよ。聞いて、触って、感じてます」
「……」
「回復魔法って、人間の身体を知らないと使えませんからねぇ」
ハーレイは娘に声をかける。
「へその緒が巻きついてる。しかも心拍が落ちてる。これ、待ってたらあなたも赤ちゃんも危ない」
「え?」
「ですから、今から切ります」
「……切る?」
「ええ。今すぐ」
「じゃあ、やりますねぇ。でも安心して。あなたも赤ちゃんも助けます」
娘は一瞬だけ悩んだが、他に頼るものがない。
「………お願いします」
帝王切開。
道具を取り出してから、ハーレイの手は止まらなかった。
切る。
確認する。
取り出す。
そして、傷を塞ぐ。
その動きに迷いがない。
さっきまで馬車の中で昼寝をしていた男と、同じ人間とは思えなかった。
目の前で行われたのは、間違いなく高度な医療だと、セトは思った。
赤ん坊は無事に生まれた。
母子ともに心拍は安定しているらしい。
ハーレイは夫がいないことに気がついた。
「そういえば、旦那さんは?」
「……数日前に仕事へ行くと言って、それっきりなんです」
「あー、そうなんですね」
「はい。だから私、臨月なんで実家に。なんでも王都で仕事が決まったって。組合の印って刺青を入れてて……」
その刺青の特徴は、先日の野盗が彫っていた刺青だった。
セトは、ハーレイを見る。
ハーレイも、刺青を見ていた。




