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生贄の英雄 セト・ウォルカの物語  作者: 下山四郎
Disc01:幼少期─王立魔法士官養成院─
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第26話 ケツを守れ



「それでは、坊っちゃん。参りましょう」


マグナにそう呼ばれたセトは、戸惑った。


(坊っちゃん、とは?)


頭に疑問符を浮かべたセトに、マグナは不思議そうに尋ねる。


「マール様のご親戚でありますから、坊っちゃんとお呼びしましたが……不快でしたか?」


(どういう説明をしたんだ?)


「あ、いえ。呼ばれ慣れていないものですから……」


そう答えるのが精一杯だった。


セトは馬車へ乗り込む。

三台の馬車は、ストラス山を下り、王都へ向かう街道を目指して走り始めた。

だが。


「……」


揺れる。

とにかく揺れる。

街道へ出るまでの道は、整備されているとは到底言えない悪路だった。


車輪が石を踏むたび、馬車全体が跳ねる。

身体が浮く。

尻が座席に叩きつけられる。

また浮く。

そして叩きつけられる。


「…………」


セトは無言で耐えた。

一度。

二度。

三度。


「……」


五度。

十度。


ついにセトは口を開いた。


「……停めて」

「はい?」

「馬車、停めて」


マグナが御者へ合図を送る。

馬車が止まると、セトは飛び降りた。

そして、そのまま馬車の下へ潜り込む。


「坊っちゃん?」

「……」


セトは車輪と車軸を眺めた。

構造自体は単純だった。


車輪と車軸。

板バネすらない。

衝撃がほとんどそのまま車体へ伝わっている。

そして当然。

座席に座っている人間にも。


「…………」


セトはしばらく黙ってから、口を開いた。


「バカじゃねぇの」


それがセトの第一声だった。


木は……切り出せばいいか。

板にして……何枚か重ねる。

荷重を分散。

折れないように鉄を沿わせる。


砂鉄は土にある。

鉄の加工は……魔法でなんとかなる。


車軸は?

今のままだと摩擦が大きすぎる。

軸受けを入れる。


ベアリング……は、精度が問題か。

なら、まずは単純な滑り軸受け。


「……」


セトは立ち上がった。


「改良する」

「は?」


マグナが間の抜けた声を出した。

セトは答えない。


車体から部品を外す。

車軸を確認する。

車輪を外す。

必要な寸法を測る。


「坊っちゃん、何を……」

「ケツを守る」

「…………はい?」


その日。

王都へ向かうはずだった一行は、予定外の馬車改造を始めることになった。

木材を加工し、鉄を成形し、車軸を作り直す。

さらに車体と車輪の間に衝撃を吸収する機構を組み込む。


作業を終えたセトは、満足そうに馬車を眺めた。


「よし。ついでだ」


土と木材を合わせて加工して熱する。

そこから取り出した粘性のある素材を樹脂として使う。

そこに、土中から取り出した成分を混ぜ込む。

練る。

伸ばす。

さらに熱を加える。


(これなら、多少潰れても戻る。強度もそこそこある)


冷ました素材を丸め、繊維と一緒に座面へ敷き詰める。

さらに小型のバネを作り出して、それが座面を支えた。


「……これで、本当に大丈夫なのですか?」


マグナが恐る恐る尋ねる。


「乗ってみればわかるよ」


再び馬車が走り出す。

先ほどまでとは違う。

石を踏んでも、車体の揺れが明らかに小さい。


「…………」


マグナは目を丸くした。

セトは座席に深く腰を下ろす。

そして、小さく呟いた。


「これならケツが死なない」


その隣では、ハーレイが興味なさそうに外を眺めていた。


「坊っちゃん、便利ですねぇ」

「何がです?」

「回復魔法を使わなくても、尻が痛くならないので」

「……」


セトはハーレイを見た。


「あなたは、回復魔法が使えるんですか?」

「はい。主に馬の体力回復と悪路での人の体のケアが仕事です」


セトは睨むようにハーレイを見つめた。


「お前、絶対に真面目に働く気ないだろ」

「ありませんねぇ」


ハーレイは即答して昼寝を始めた。


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